決算書を読む
決算短信は40ページある。全部読む必要はない。読む順番が決まっている。
前の章までは「株価は将来の現金で決まる」という話だった。 ではその現金はどこを見れば分かるのか。それが決算書。 ここでは日本企業が四半期ごとに出す決算短信を、 実際に開いてどこから読むかを決める。
純利益は意見、営業CFは事実に近い。 ごまかしはどこかに必ず痕跡を残す——その痕跡を探すのが決算書を読むということ
決算短信を読む順番
決算短信は上場企業が決算発表日に出すPDF。 有価証券報告書より2〜3か月早く、内容は要点だけ。
読む順番と、各段が答える問い。上から下へ粗いものから細かいものへ降りる。 最後の1段は、純利益が跳ねているときだけ寄り道する。
- 1枚目のサマリーを見る(30秒) 売上高・営業利益・経常利益・純利益と、それぞれの前年同期比が 表になっている。ここで「増収増益か」「どの利益段階で崩れているか」が分かる。 売上は伸びているのに営業利益が減っているなら、 原価か販管費が悪化している
- 次期の業績予想を見る(30秒) 同じ1枚目の下半分。株価が動くのは実績ではなく予想。 好決算なのに株価が下がるのは、予想が市場の期待に届かないとき。 期初予想からの修正があればそこも見る
- セグメント情報を探す(2分) だいたい後ろから3〜5ページ目。事業別・地域別の売上と利益。 全社では増益でも、本業のセグメントが減益で 別の何かが埋めていることがある。ここを見ないと会社の実態は分からない
- キャッシュ・フロー計算書を見る(1分) 営業CF・投資CF・財務CFの3つ。 営業CFが純利益と大きくずれていないかを確認する。ここが本章の中心
- 貸借対照表の差分を見る(1分) 前期末と比べて、売掛金・棚卸資産・のれんが 売上の伸び以上に増えていないか。増えていれば理由を探す
- 特別損益と注記を見る(必要なら) 純利益が跳ねている・沈んでいるときだけ。 資産売却益や減損損失は来期には消える
3つの表はつながっている
決算書は3つある。 貸借対照表(BS)、損益計算書(PL)、 キャッシュ・フロー計算書(CF)。 これらは独立した3つの資料ではなく、1つの実体を3方向から見たもの。
| 表 | 何を見せるか | 時間の扱い | たとえ |
|---|---|---|---|
| BS(貸借対照表) | 期末時点で何を持ち、誰に借りているか | ある一瞬 | 写真 |
| PL(損益計算書) | 1年で儲かったか | 期間 | 動画 |
| CF(キャッシュ・フロー) | 1年で現金がどう動いたか | 期間 | 通帳 |
BSは必ず左右が一致する
左(資産)=右(負債+純資産)。左が「何に使ったか」、右が「どこから調達したか」。 同じお金を出所と使い道の両面から書いているので、必ず一致する。
3つをつなぐ2本の線
この2本があるので、3つの表は勝手な数字を書けない。 PLで利益を大きく見せても、現金が増えていなければCFに出るし、 利益を資産として計上すればBSの資産が膨らむ。 ごまかしはどこかに必ず痕跡を残す。 その痕跡を探すのが、以下の話。
純利益より営業CFを見る
なぜ差が出るのか。売上は現金を受け取る前に計上されるから。 3月に1億円の商品を納品して、代金の入金が6月なら、 3月期のPLには売上1億が立ち、BSには売掛金1億が立つ。現金は1円も動いていない。
+ 減価償却費(現金が出ていない費用を戻す)
− 売上債権の増加(売れたが未回収)
− 棚卸資産の増加(仕入れたが未販売)
+ 仕入債務の増加(仕入れたが未払い)
± その他調整
決算短信のCF計算書は、まさにこの順で書いてある。 純利益から始まって営業CFに着地する道筋がそのまま印刷されているので、 どの項目が利益と現金を引き離しているかが1行ずつ読める。
具体例:同じ純利益、違う実態
A社とB社はどちらも純利益 10億円。
| 項目 | A社 | B社 |
|---|---|---|
| 当期純利益 | 10.0億 | 10.0億 |
| 減価償却費 | +4.0億 | +4.0億 |
| 売上債権の増加 | −1.0億 | −9.0億 |
| 棚卸資産の増加 | −0.5億 | −6.0億 |
| 仕入債務の増加 | +0.5億 | +0.5億 |
| 営業CF | 13.0億 | −0.5億 |
上の表を棒にしたもの。純利益(淡い棒)は両社とも同じ10億で、 営業CF(濃い棒)だけが割れる。 A社の営業CFは正、B社はマイナスに振れている。
A社は利益10億に対して現金が13億入っている。 B社は利益10億を出しながら現金が0.5億出ていっている。 B社の10億円は、売掛金と在庫という形で会社の外・倉庫の中にある。 PLの1行だけ見れば両社は同じに見える。
危険信号の見つけ方
個別の数字を覚えるのではなく、売上の伸びと比べる。 売上が20%伸びれば売掛金が20%増えるのは当たり前。問題は不釣り合いなとき。
- 売掛金の伸び ≫ 売上の伸び 回収できていない。無理な押し込み販売、 あるいは信用力の低い相手に売っている可能性。 売上30%増に対し売掛金80%増、のような差が出たら理由を探す
- 棚卸資産の伸び ≫ 売上の伸び 売れずに在庫が積み上がっている。次の期に評価損(棚卸資産の減損)が出やすい。 アパレルや半導体のように陳腐化が速い業種では特に効く
- 営業CF < 純利益 が3期続く 1期だけなら大型案件のタイミングということがある。 3期続くなら構造的。会計の見せ方か、ビジネスモデル自体に問題がある
- 営業CFがマイナスなのに純利益がプラス 最も強い信号。本業で現金が減りながら利益を計上している。 成長投資期のスタートアップを除けば、まず疑う
アクルーアル(会計発生高)という指標
上の話を1つの数字にしたのがアクルーアル。 利益のうち現金の裏づけがない部分の比率を測る。
- 純利益 − 営業CF は「現金を伴わなかった利益」
- 会社の規模で割らないと比べられないので総資産で割る
- この値が大きい(プラスに大きい)ほど、利益の中身が薄い
- Sloan (1996) は、アクルーアルの高い企業群のその後のリターンが 低い傾向を報告した。以後よく検証されている系統の1つ
ただし注意。これは平均的な傾向であって、 個別企業の予言ではない。急成長企業は運転資本が先に膨らむので 構造的にアクルーアルが高く出る。数字は質問のきっかけであって、答えではない。
利益をゆがめる3つの項目
減価償却費
10億円の機械を買って10年使うとする。 買った年に10億円の費用にすると、その年だけ大赤字になって実態を表さない。 そこで10年に分けて毎年1億ずつ費用にする。これが減価償却。
重要なのは、費用として計上されるが現金は出ていかないこと。 現金が出たのは買った年。だから営業CFを作るとき、純利益に足し戻す。
特別損益
本業と関係ない一過性の損益。土地の売却益、災害損失、リストラ費用など。 経常利益の下、税引前当期純利益の上に入る。
具体例:見かけの増益
C社の当期純利益は前期の30億から 50億 へ67%増。 だが内訳を見ると、本社ビル売却益が 28億 入っている。 これを除くと実質22億で、前期比では減益。
だからPERを計算するときは営業利益ベースでも確かめる。 来期この28億は存在しないので、来期の予想PERは跳ね上がる。
のれんと減損
他社を買収するとき、相手の純資産が50億なのに80億払うことがある。 差額の30億がのれん。「ブランドや顧客基盤に払った分」という説明になる。
日本基準ではのれんを20年以内に均等償却する。IFRSでは償却せず、 毎年価値を見直す(減損テスト)。IFRS採用企業は、 買収が失敗したとき一度に巨額の減損損失が出る。 BSにのれんが大きく積まれている会社は、この爆弾を抱えている。
これが0.5を超えると、のれんを全額減損したら自己資本が半減する。 買収を繰り返して成長してきた会社では、必ず確認する。
運転資本とCCC
運転資本は、事業を回すために寝ている現金のこと。
商品を仕入れて(現金が出る)、売って(まだ入らない)、 回収して(やっと入る)。この間、現金は会社の外にある。 その期間を日数で測るのがCCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)。
- 売上債権回転日数 =
売上債権 / 売上高 × 365— 売ってから回収するまで - 棚卸資産回転日数 =
棚卸資産 / 売上原価 × 365— 仕入れてから売れるまで - 仕入債務回転日数 =
仕入債務 / 売上原価 × 365— 仕入れてから払うまで - 前2つは現金が出ている期間、3つ目は取引先に立て替えてもらっている期間
- 差し引きが、自分の現金が寝ている日数
具体例:CCCがマイナスになる商売
小売チェーンD社。売上債権回転日数 3日(ほぼ現金商売)、 棚卸資産回転日数 25日、 仕入債務回転日数 55日。
CCC = 3 + 25 − 55 = −27日。
現金が寝る日数を時間軸として並べたもの。 上2本(売上債権+棚卸資産)が現金が出ている期間、 3本目の仕入債務が取引先に立て替えてもらっている期間。 差し引きがCCC。D社は立て替え期間のほうが長いのでマイナスになる。
商品を売って現金を得てから、27日後に仕入先へ払う。 つまり取引先の金で在庫を回している。 成長すればするほど手元現金が増える構造で、 銀行から借りずに店舗を増やせる。 コンビニやSPAアパレルがこの形になりやすい。
逆に、受注生産の重工業ではCCCが200日を超えることがある。 同じ利益率でも必要な運転資金がまったく違うので、 業種をまたいでCCCを比べても意味はない。
指標を計算してみる
決算書の数字を入れると、主要な指標がまとめて出る。 判定はあくまで一般的な目安で、業種によって適正値は動く。
決算数値を入れる(単位:億円)
主要4指標を、上のカードと同じ閾値で帯にしたもの。 スライダーを動かすと目盛りの上の印が動く。 帯の切れ目は業種で動く目安であって、合格ラインではない。
純利益と営業CFの比較。営業CFが純利益を下回る状態が続くほど、利益の中身は薄い。
ROICの計算に税率が入る理由
- 営業利益は税を引く前の数字
- 分母の投下資本は、株主と債権者が実際に出した金額
- 株主と債権者に配れるのは税を払った後の利益なので、 分子も税引後に揃える必要がある
- 実効税率はおおむね30%前後。ここでは30%で計算している
ROICがWACC(資金調達コスト)を上回っているかが判断の分かれ目。 下回っていれば、事業を続けるほど価値を減らしている。 前の章のPBR1倍割れの話と同じ構造。
確認
E社は売上が前年比15%増、純利益は40%増。だが営業CFは前年比マイナス20%。 BSでは売掛金が前年比70%増えている。最も自然な解釈は?
売上15%増に対して売掛金が70%増えている。伸びが釣り合っていない。
売ったことにはなっているが回収できていない状態。
期末に押し込み販売をした、支払能力の弱い相手に売った、
あるいは検収前の売上を計上している、といった可能性がある。
投資の増加は投資CFに出るので営業CFの説明にならない(選択肢1)。
減価償却費が減れば営業CFは減るが、純利益40%増と同時には起きにくい(選択肢2)。
次にやること:セグメント別に売掛金の増加がどこで起きたかを見て、
四半期ごとの売上の並びを確認する。期末の四半期だけ跳ねていれば、
押し込みの可能性が上がる。
F社は自己資本比率20%と低いが、CCCが−40日、営業CFは毎期安定してプラス。 自己資本比率だけを見て「財務が危険」と判断するのが不適切なのはなぜか。
自己資本比率の分母には有利子負債も仕入債務も同じように入る。
だが両者はまったく性質が違う。有利子負債は利息が発生し、期限に返さないと倒産する。
仕入債務は商売を続ける限り自動的に繰り返される。
CCCが−40日ということは、この会社は売って現金を得た40日後に仕入先に払っている。
負債の大半は仕入債務で、資金繰りはむしろ楽な構造。
確かめる方法:有利子負債 ÷ 自己資本(D/E比率)と、
有利子負債 ÷ 営業CFを見る。後者は「今の稼ぎで何年で返せるか」。
5年を大きく超えると、金利上昇や業績悪化に耐えられない。
選択肢2は行き過ぎで、営業CFがプラスでも借入の返済期限は待ってくれない。
G社(IFRS採用)は総資産3000億のうちのれんが900億、自己資本が1200億。 今期、買収した子会社の業績が計画を大きく下回った。想定すべきリスクは?
IFRSではのれんを定期償却しないので、選択肢1は前提から違う
(日本基準なら償却がある)。その代わり毎期減損テストを行い、
回収可能価額が帳簿価額を下回れば一度に損失を出す。
のれん900億は自己資本1200億の75%。
仮に半分減損すれば自己資本は1200→750億へ、自己資本比率は40%→25%へ落ちる。
減損は現金の出ない費用なので営業CFには影響しない(選択肢3)。
だから「純利益が大赤字なのに営業CFは黒字」という決算が出る。
この場合は、赤字の理由が減損であることを確認したうえで、
その事業が本当に稼げないと判断された事実のほうを重く見る。
この章のまとめ
- 決算短信はサマリー → 業績予想 → セグメント → CF → BSの差分の順で読む
- BS・PL・CFは同じ実体の3方向からの図。互いに縛り合っている
- 純利益は意見、営業CFは事実に近い。乖離が続いたら理由を探す
- 売掛金・棚卸資産が売上の伸びを大きく超えて増えるのが危険信号
- 減価償却・特別損益・のれん減損は、利益の見え方を大きく変える
- CCCは事業モデルの質を映す。ただし業種をまたいだ比較には使えない
- 指標は答えではなく次に何を調べるかを決めるためのもの