決算書を読む

決算短信は40ページある。全部読む必要はない。読む順番が決まっている。

前の章までは「株価は将来の現金で決まる」という話だった。 ではその現金はどこを見れば分かるのか。それが決算書。 ここでは日本企業が四半期ごとに出す決算短信を、 実際に開いてどこから読むかを決める。

純利益は意見、営業CFは事実に近い。 ごまかしはどこかに必ず痕跡を残す——その痕跡を探すのが決算書を読むということ

決算短信を読む順番

決算短信は上場企業が決算発表日に出すPDF。 有価証券報告書より2〜3か月早く、内容は要点だけ。

読む順番と、各段が答える問い。上から下へ粗いものから細かいものへ降りる。 最後の1段は、純利益が跳ねているときだけ寄り道する。

3つの表はつながっている

決算書は3つある。 貸借対照表(BS)、損益計算書(PL)、 キャッシュ・フロー計算書(CF)。 これらは独立した3つの資料ではなく、1つの実体を3方向から見たもの。

表何を見せるか時間の扱いたとえ
BS(貸借対照表)期末時点で何を持ち、誰に借りているかある一瞬写真
PL(損益計算書)1年で儲かったか期間動画
CF(キャッシュ・フロー)1年で現金がどう動いたか期間通帳

BSは必ず左右が一致する

流動資産現金・売掛金・棚卸資産
固定資産設備・のれん・投資有価証券
流動負債買掛金・短期借入金
固定負債長期借入金・社債
純資産(自己資本)資本金・利益剰余金

左(資産)=右(負債+純資産)。左が「何に使ったか」、右が「どこから調達したか」。 同じお金を出所と使い道の両面から書いているので、必ず一致する。

3つをつなぐ2本の線

PL と BS をつなぐ(利益剰余金の増減) 期末の純資産 = 期首の純資産 + 当期純利益 − 配当 ± その他
CF と BS をつなぐ(現金の増減) 期末の現金 = 期首の現金 + 営業CF + 投資CF + 財務CF

この2本があるので、3つの表は勝手な数字を書けない。 PLで利益を大きく見せても、現金が増えていなければCFに出るし、 利益を資産として計上すればBSの資産が膨らむ。 ごまかしはどこかに必ず痕跡を残す。 その痕跡を探すのが、以下の話。

純利益より営業CFを見る

よくある誤解 純利益が伸びていれば、その会社は儲かっている
実際 純利益は会計上の計算結果で、判断が入る余地が大きい。現金が実際に増えたかは営業CFにしか出ない

なぜ差が出るのか。売上は現金を受け取る前に計上されるから。 3月に1億円の商品を納品して、代金の入金が6月なら、 3月期のPLには売上1億が立ち、BSには売掛金1億が立つ。現金は1円も動いていない。

営業CFの作り方(間接法) 営業CF = 当期純利益
  + 減価償却費(現金が出ていない費用を戻す)
  − 売上債権の増加(売れたが未回収)
  − 棚卸資産の増加(仕入れたが未販売)
  + 仕入債務の増加(仕入れたが未払い)
  ± その他調整

決算短信のCF計算書は、まさにこの順で書いてある。 純利益から始まって営業CFに着地する道筋がそのまま印刷されているので、 どの項目が利益と現金を引き離しているかが1行ずつ読める。

具体例:同じ純利益、違う実態

A社とB社はどちらも純利益 10億円。

項目A社B社
当期純利益10.0億10.0億
減価償却費+4.0億+4.0億
売上債権の増加−1.0億−9.0億
棚卸資産の増加−0.5億−6.0億
仕入債務の増加+0.5億+0.5億
営業CF13.0億−0.5億

上の表を棒にしたもの。純利益(淡い棒)は両社とも同じ10億で、 営業CF(濃い棒)だけが割れる。 A社の営業CFは正、B社はマイナスに振れている。

A社は利益10億に対して現金が13億入っている。 B社は利益10億を出しながら現金が0.5億出ていっている。 B社の10億円は、売掛金と在庫という形で会社の外・倉庫の中にある。 PLの1行だけ見れば両社は同じに見える。

危険信号の見つけ方

個別の数字を覚えるのではなく、売上の伸びと比べる。 売上が20%伸びれば売掛金が20%増えるのは当たり前。問題は不釣り合いなとき。

アクルーアル(会計発生高)という指標

上の話を1つの数字にしたのがアクルーアル。 利益のうち現金の裏づけがない部分の比率を測る。

アクルーアル比率 アクルーアル = (純利益 − 営業CF) / 総資産
  1. 純利益 − 営業CF は「現金を伴わなかった利益」
  2. 会社の規模で割らないと比べられないので総資産で割る
  3. この値が大きい(プラスに大きい)ほど、利益の中身が薄い
  4. Sloan (1996) は、アクルーアルの高い企業群のその後のリターンが 低い傾向を報告した。以後よく検証されている系統の1つ

ただし注意。これは平均的な傾向であって、 個別企業の予言ではない。急成長企業は運転資本が先に膨らむので 構造的にアクルーアルが高く出る。数字は質問のきっかけであって、答えではない。

利益をゆがめる3つの項目

減価償却費

10億円の機械を買って10年使うとする。 買った年に10億円の費用にすると、その年だけ大赤字になって実態を表さない。 そこで10年に分けて毎年1億ずつ費用にする。これが減価償却。

重要なのは、費用として計上されるが現金は出ていかないこと。 現金が出たのは買った年。だから営業CFを作るとき、純利益に足し戻す。

特別損益

本業と関係ない一過性の損益。土地の売却益、災害損失、リストラ費用など。 経常利益の下、税引前当期純利益の上に入る。

具体例:見かけの増益

C社の当期純利益は前期の30億から 50億 へ67%増。 だが内訳を見ると、本社ビル売却益が 28億 入っている。 これを除くと実質22億で、前期比では減益。

だからPERを計算するときは営業利益ベースでも確かめる。 来期この28億は存在しないので、来期の予想PERは跳ね上がる。

のれんと減損

他社を買収するとき、相手の純資産が50億なのに80億払うことがある。 差額の30億がのれん。「ブランドや顧客基盤に払った分」という説明になる。

日本基準ではのれんを20年以内に均等償却する。IFRSでは償却せず、 毎年価値を見直す(減損テスト)。IFRS採用企業は、 買収が失敗したとき一度に巨額の減損損失が出る。 BSにのれんが大きく積まれている会社は、この爆弾を抱えている。

のれんの重さを測る のれん / 自己資本

これが0.5を超えると、のれんを全額減損したら自己資本が半減する。 買収を繰り返して成長してきた会社では、必ず確認する。

運転資本とCCC

運転資本は、事業を回すために寝ている現金のこと。

運転資本 運転資本 = 売上債権 + 棚卸資産 − 仕入債務

商品を仕入れて(現金が出る)、売って(まだ入らない)、 回収して(やっと入る)。この間、現金は会社の外にある。 その期間を日数で測るのがCCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)。

CCC(現金が戻るまでの日数) CCC = 売上債権回転日数 + 棚卸資産回転日数 − 仕入債務回転日数
  1. 売上債権回転日数 = 売上債権 / 売上高 × 365 — 売ってから回収するまで
  2. 棚卸資産回転日数 = 棚卸資産 / 売上原価 × 365 — 仕入れてから売れるまで
  3. 仕入債務回転日数 = 仕入債務 / 売上原価 × 365 — 仕入れてから払うまで
  4. 前2つは現金が出ている期間、3つ目は取引先に立て替えてもらっている期間
  5. 差し引きが、自分の現金が寝ている日数

具体例:CCCがマイナスになる商売

小売チェーンD社。売上債権回転日数 3日(ほぼ現金商売)、 棚卸資産回転日数 25日、 仕入債務回転日数 55日。

CCC = 3 + 25 − 55 = −27日。

現金が寝る日数を時間軸として並べたもの。 上2本(売上債権+棚卸資産)が現金が出ている期間、 3本目の仕入債務が取引先に立て替えてもらっている期間。 差し引きがCCC。D社は立て替え期間のほうが長いのでマイナスになる。

商品を売って現金を得てから、27日後に仕入先へ払う。 つまり取引先の金で在庫を回している。 成長すればするほど手元現金が増える構造で、 銀行から借りずに店舗を増やせる。 コンビニやSPAアパレルがこの形になりやすい。

逆に、受注生産の重工業ではCCCが200日を超えることがある。 同じ利益率でも必要な運転資金がまったく違うので、 業種をまたいでCCCを比べても意味はない。

指標を計算してみる

決算書の数字を入れると、主要な指標がまとめて出る。 判定はあくまで一般的な目安で、業種によって適正値は動く。

決算数値を入れる(単位:億円)

1000億
80億
55億
75億
1200億
500億
600億
350億
300億

主要4指標を、上のカードと同じ閾値で帯にしたもの。 スライダーを動かすと目盛りの上の印が動く。 帯の切れ目は業種で動く目安であって、合格ラインではない。

純利益と営業CFの比較。営業CFが純利益を下回る状態が続くほど、利益の中身は薄い。

ROICの計算に税率が入る理由
ROIC ROIC = NOPAT / 投下資本 = 営業利益 × (1 − 税率) / (自己資本 + 有利子負債)
  1. 営業利益は税を引く前の数字
  2. 分母の投下資本は、株主と債権者が実際に出した金額
  3. 株主と債権者に配れるのは税を払った後の利益なので、 分子も税引後に揃える必要がある
  4. 実効税率はおおむね30%前後。ここでは30%で計算している

ROICがWACC(資金調達コスト)を上回っているかが判断の分かれ目。 下回っていれば、事業を続けるほど価値を減らしている。 前の章のPBR1倍割れの話と同じ構造。

確認

E社は売上が前年比15%増、純利益は40%増。だが営業CFは前年比マイナス20%。 BSでは売掛金が前年比70%増えている。最も自然な解釈は?

F社は自己資本比率20%と低いが、CCCが−40日、営業CFは毎期安定してプラス。 自己資本比率だけを見て「財務が危険」と判断するのが不適切なのはなぜか。

G社(IFRS採用)は総資産3000億のうちのれんが900億、自己資本が1200億。 今期、買収した子会社の業績が計画を大きく下回った。想定すべきリスクは?

この章のまとめ