注文と板
「現在値1000円」の株を1000円で買えるとは限らない。板を見れば理由が分かる。
ここまでは何を買うかの話だった。 この章はどう買うか。地味に見えるが、 売買のたびに発生するコストは複利で効いてくる。 年3回売買して往復0.5%ずつ削られれば、年1.5%。 期待リターンが6%なら、その4分の1が消える。
ポジションサイズを決めるのは、手元の資金ではなく板の厚みである。 買える金額の上限は、いくら出せるかではなく、いくらまでなら値段を動かさずに食えるかで決まる
板とは何か
東証の株式はザラバ方式で取引される。 「売りたい人」と「買いたい人」が値段と数量を出し合い、 値段が合ったところで約定する。 その注文の一覧を並べたものが板(気配値、板情報)。
| 用語 | 意味 |
|---|---|
| 売気配(アスク) | 売りたい人が出している値段。上に積み上がる |
| 買気配(ビッド) | 買いたい人が出している値段。下に積み上がる |
| 最良売気配 | 売り注文のうち最も安い値段。今すぐ買うならこの値段 |
| 最良買気配 | 買い注文のうち最も高い値段。今すぐ売るならこの値段 |
| スプレッド | 最良売気配 − 最良買気配。買ってすぐ売ると必ずこの分損する |
| 板の厚み | 各価格帯に並んでいる株数。厚いほど大きな注文を吸収できる |
| 現在値 | 直近に約定した値段。次にその値段で買えるという意味ではない |
注文が辿る道
出した注文は、板を経由して3つのどれかに落ちる。
注文の一生。板に届いた注文は約定・板に残る・失効の3つに分かれる。 成行は必ず約定する代わりに値段を選べず(緑の経路)、 指値は値段を選べる代わりに約定しないことがある(灰の経路)。 この分岐がそのまま、成行と指値のトレードオフ。 左下に戻る点線は、板に残った指値がその後に約定する道。
3つの注文方法
成行注文
値段を指定せず「いくらでもいいから今すぐ」と出す注文。 板にある反対注文を、安い順(買いの場合)に食っていく。
必ず約定するが、値段は約定するまで分からない。 これが唯一にして最大の性質。
指値注文
「1000円以下でなら買う」と値段を指定する注文。 その値段まで来なければ約定しない。
値段は保証されるが、約定は保証されない。 成行とちょうど逆。
指値の見落としやすい失敗:約定しなかったことのコスト。 1000円の指値が1001円までしか下がらず買えないまま、株価が1300円になった。 1円を惜しんで300円を逃している。 買う理由が「1円安いこと」ではないなら、 1円の指値にこだわる理由もない。
逆指値注文
「1000円以下になったら売る」という、直感と逆向きの注文。 損切りの自動化に使う。
- 普通の指値(売り) 「1200円以上になったら売る」。利益確定に使う
- 逆指値(売り) 「900円以下になったら売る」。損失の拡大を止める。 発動すると成行になる設定が一般的で、急落時は900円では売れない
- 逆指値(買い) 「1200円以上になったら買う」。 抵抗線を抜けたら入る、という機械的な仕掛けに使う
逆指値の本当の価値は「損を小さくすること」ではなく 「判断を事前に済ませておくこと」にある。 下がっている最中の自分は、買ったときの自分より判断が鈍る。
どれを使うか
| 状況 | 適した注文 | 理由 |
|---|---|---|
| 大型株を少額で買う | 成行でよい | 板が厚くスプレッドが1〜2円。急ぐ価値のほうが大きい |
| 板が薄い銘柄 | 指値一択 | 成行だと何円で約定するか分からない。後述の実例 |
| 寄付き直後・引け間際 | 指値 | 値動きが荒く、成行の約定価格が飛びやすい |
| 決算発表直後 | 指値、または待つ | 板が一時的に消える。成行は最悪の値段を掴む |
| 損切りの自動化 | 逆指値 | 見ていない時間に急落しても発動する |
| どうしても今日中に手放す | 成行 | 約定しないリスクのほうが大きい場面 |
成行が高くつく仕組み
板を食い上げると、1株ごとに違う値段で約定する。 支払うのはその加重平均。これがスリッページ。
具体例:薄い板で3000株の成行買い
売り板がこうなっているとする。
| 気配値 | 売り株数 | 累計 |
|---|---|---|
| 1000円 | 300株 | 300株 |
| 1005円 | 200株 | 500株 |
| 1012円 | 500株 | 1,000株 |
| 1020円 | 400株 | 1,400株 |
| 1035円 | 800株 | 2,200株 |
| 1050円 | 800株 | 3,000株 |
3000株の成行買いは、この6段すべてを食う。
支払総額 = 1000×300 + 1005×200 + 1012×500 + 1020×400 + 1035×800 + 1050×800
= 300,000 + 201,000 + 506,000 + 408,000 + 828,000 + 840,000
= 3,083,000円
平均約定単価 = 3,083,000 / 3,000 = 1,027.7円。
画面の現在値は1000円だった。実際には1株あたり27.7円、 率にして2.77%高く買っている。 手数料が往復0.1%だとしても、スリッページのほうが27倍大きい。
しかも板を食い上げた結果、現在値は1050円になっている。 自分の注文が値段を動かした。これがマーケットインパクト。 売るときは逆に、自分で値段を下げながら売ることになる。
板を食ってみる
注文数量を変えて、平均約定単価がどう変わるかを見る。 板の厚みも変えられる。
注文を出す
赤=売り注文(買うときに食う側)、緑=買い注文。赤く塗られた段が今の注文で約定する範囲。
いま出している注文のスリッページ(黒い針)が、 どのあたりに座っているか。帯は水準の目安で、 0.1%までなら大型株で普通、1%を超えると板に対して注文が大きすぎる。 上の数量スライダーを動かすと針が動く。 赤い針は、上の「具体例」にある薄い板で3000株を買ったときの 2.77% で、同じ物差しの上に置いてある。
手数料・スプレッド・インパクトの比率
実質コストは3つに分かれる。板の状態を変えると、 比率がどう入れ替わるかを見る。
上の板と同じ入力から計算した、注文サイズ別の往復コスト内訳。 手数料は往復0.1%として置いた(ネット証券では0円のことも多い)。 注文が小さいうちはスプレッドが主だが、 板の厚みを超えたところからマーケットインパクトが一気に伸びる。 板を薄くするボタンを押すと、その折れ曲がりが手前に来る。
同じ数量でも、板が薄いほどスリッページが跳ね上がる。 買える金額の上限は資金ではなく板が決める。 流動性の低い銘柄に大きな資金を入れると、 買う時点で数%負けた状態から始まることになる。
取引の時間帯とルール
ザラバと板寄せ
東証の取引時間は前場9:00〜11:30、後場12:30〜15:30。 この間の連続的な売買がザラバ方式。
ただし寄付き(9:00)と引け(15:30)だけは違う仕組みで、 板寄せ方式が使われる。
- 板寄せの考え方 それまでに溜まった注文を一度に突き合わせ、 最も多くの株数が約定する1つの値段を決める。 その値段で全員が同じ価格で約定する
- 寄付きが荒れる理由 夜間のニュースを織り込んだ注文が朝一気に集まる。 前日終値から大きく飛ぶことがある。 寄付きの成行注文は、飛んだ値段でそのまま約定する
- 優先順位 成行が指値に優先し(成行優先)、 同じ指値なら高い買い・安い売りが優先し(価格優先)、 同値なら先に出した注文が優先する(時間優先)
値幅制限とストップ高・安
1日で動ける値幅には上限がある。前日終値の水準ごとに決まっていて、 上限に達した状態がストップ高、下限がストップ安。
| 前日終値 | おおよその制限値幅(片側) |
|---|---|
| 1,000円未満 | ±150円 |
| 1,000〜1,500円 | ±300円 |
| 1,500〜2,000円 | ±400円 |
| 2,000〜3,000円 | ±500円 |
| 3,000〜5,000円 | ±700円 |
ストップ安は「安全装置」ではない。
値幅制限で止まっているだけで、買い手がいなければ売れない。
翌日また安く始まって、また張り付く(ストップ安連続)ことがある。
逆指値を入れていても、約定しないまま損失が拡大する。
これが「損切り注文があるから最大損失は限定できる」という考えの穴。
限定できるのは板がある限りにおいてだけ。
呼値の単位 — 1円刻みとは限らない
気配値は連続した実数ではなく、決められた刻み幅(呼値の単位)でしか置けない。 刻みは株価の水準で変わる。
| 株価 | 呼値の単位 | 1刻みの比率 |
|---|---|---|
| 3,000円以下 | 1円 | 0.033%以上 |
| 3,000〜5,000円 | 5円 | 0.10〜0.17% |
| 5,000〜30,000円 | 10円 | 0.03〜0.20% |
| 30,000〜50,000円 | 50円 | 0.10〜0.17% |
TOPIX100構成銘柄などには、より細かい刻みが適用される特例がある。 正確な区分は東証の規定による。
なぜ重要か。スプレッドは呼値の単位より狭くならない。 刻みが10円で株価が5,000円なら、最良気配が隣り合っていてもスプレッドは0.2%。 これが往復コストの下限になる。 上のシミュレータで刻み幅を動かすと、 同じ厚みの板でもスリッページが変わるのはこのため。
単元株と単元未満株
日本株は原則100株単位(1単元)で売買する。 株価3000円の銘柄なら、最低30万円が必要。
これに対して単元未満株は1株から買える。 少額で分散するには有効だが、代償がある。
| 単元株 | 単元未満株 | |
|---|---|---|
| 売買単位 | 100株 | 1株 |
| 注文方法 | 成行・指値・逆指値 | 成行のみ(値段を指定できない) |
| 約定タイミング | リアルタイム | 1日1〜2回の決められた時刻 |
| 約定価格 | 板で決まる | その時刻の基準価格。注文時点では分からない |
| 議決権 | あり | なし |
| 実質コスト | 手数料+スプレッド | スプレッド相当が上乗せされる仕組みが多い |
単元未満株は「指値ができない」ことが最大の制約。 注文を出してから約定まで数時間空くので、 その間に相場が動いてもどうしようもない。 少額で積み立てる用途には向くが、 タイミングを狙う用途には構造的に向かない。
本当のコストを積み上げる
多くの人は1項目目しか見ていない。 ネット証券の手数料無料化が進んだ結果、 今や手数料は最小の項目になっている。
具体例:100万円の往復コスト
| 項目 | 大型株 | 小型株 |
|---|---|---|
| 手数料(往復) | 0円 | 0円 |
| スプレッド(往復で1回分負担) | 約1,000円 (0.1%) | 約8,000円 (0.8%) |
| 市場インパクト | ほぼ0 | 約10,000円 (1.0%) |
| 売買コスト計 | 約1,000円 | 約18,000円 |
| 利益20万円が出た場合の税(20.315%) | 40,630円 | 40,630円 |
小型株では1往復1.8%。年に10回売買すれば18%。 期待リターンが年6%なら、売買コストだけで3年分の利益が消える。
税は利益が出たときだけ発生するので性質が違うが、 売らなければ課税が繰り延べられる点は重要。 含み益のまま運用を続けると、税金分も一緒に複利で働く。 頻繁に売買すると、この効果を毎回リセットすることになる。
信用取引
証券会社から資金や株を借りて売買する仕組み。 委託保証金を差し入れることで、その約3.3倍までの取引ができる。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 制度信用 | 取引所が定めた銘柄・条件。返済期限は原則6か月 |
| 一般信用 | 証券会社が独自に定める。無期限のものもある |
| 買い建て | 資金を借りて買う。金利がかかる |
| 売り建て(空売り) | 株を借りて売る。貸株料、逆日歩が発生することがある |
| 維持率 | 保証金 ÷ 建玉金額。一定(多くは20〜30%)を下回ると追証 |
| 追証 | 期限までに追加入金しないと強制的に決済される |
レバレッジが破産確率を跳ね上げる理由
具体例:3倍と1倍の違い
自己資金100万円。レバレッジ3倍で300万円分を建てる。
- 株価が10%上がる → 30万円の利益。自己資金比+30%
- 株価が10%下がる → 30万円の損失。自己資金比−30%
- 株価が33%下がる → 100万円の損失。自己資金がゼロ
レバレッジなしなら、33%下がっても資産は67万円残り、 回復を待つという選択肢がある。 3倍では選択肢そのものが消える。
さらに悪いのは、ゼロになる前に強制決済されること。 維持率を割った時点で追証が発生し、入金しなければ市場が最も荒れている タイミングで機械的に売られる。 最悪の値段で確定させられる。
レバレッジは期待リターンを倍にするが、破産確率を非線形に上げる。 1回の判断が当たるかどうかではなく、 連敗に耐えられるかどうかが問題になる。 「いくら賭けるか」の章で扱ったサイジングの議論は、 レバレッジをかけた瞬間に全部やり直しになる。
確認
時価総額80億円の銘柄。1日の出来高は平均5万株、株価は1200円。 ここに300万円(2500株)を成行で入れようとしている。何が起きるか。
1日の出来高5万株は1日を通しての累計であって、
今この瞬間に板に並んでいる株数ではない。
板に見えているのは各段せいぜい数百株、
最良気配から5段でも1000〜2000株ということが普通にある。
2500株の成行は、板を何段も食い上げる。
上の実例では3000株で2.77%のスリッページが出た。
さらに深刻なのは出口。買うのは値段さえ払えばできるが、
売るには買い手が要る。悪材料が出て板から買い注文が消えたとき、
2500株を裁くには何日もかかる。
対処:(1)指値で数日かけて分割して入れる、
(2)そもそも金額を板の厚みに合わせて減らす。
ポジションサイズは資金ではなく流動性で決める。
保有株に「1000円以下になったら売る」逆指値を入れていた。 翌朝、悪材料で株価は870円で寄り付いた。何が起きるか。
逆指値は「1000円で売る」注文ではなく
「1000円以下になったら注文を出す」というトリガー。
発動後は成行(または指定した指値)として板に出る。
夜間に悪材料が出れば、1000円を通過せずに870円で寄り付く。
これがギャップダウン。1000円という値段は市場に存在しなかった。
つまり逆指値は「連続的に動く場合の」損失限定であり、
飛ぶ場面では効かない。効かない場面こそが最も損失の大きい場面という点が厄介。
だから逆指値を前提にポジションサイズを決めてはいけない。
「損切りは5%で入れるから10倍のレバレッジでも最大損失は50%」
という計算は、ギャップを無視している。
サイジングは逆指値が効かなかった場合で考える。
大型株を100万円分、成行で買った。手数料は無料。 「コストはゼロだった」と言えるか。
買った瞬間の状態を考える。最良売気配1001円で買い、
最良買気配は1000円。買った直後に売れば1000円。
1株1円、100万円分(約1000株)で1000円の含み損から始まっている。
これがスプレッドの正体で、手数料が無料でも消えない。
なぜ消えないか。誰かが板に注文を並べているから。
並べる側は、いつでも売買できる便利さを提供する代わりに
スプレッドを受け取っている。手数料と違って
「証券会社が取るのをやめる」という話ではなく、
市場の構造そのもの。
大型株ではこれが0.1%程度なので無視できることが多い。
だが売買回数が増えると効いてくる。
「手数料無料だから回転させても損しない」という考えは、
コストの内訳を1項目しか見ていない。
選択肢4の税も実質コストだが、これは利益が出たときだけ発生する別の話。
この章のまとめ
- 現在値は過去の約定価格。今買える値段は最良売気配
- 成行は約定を保証し値段を保証しない。指値はその逆
- 板が薄いほど成行のスリッページは大きい。数%は普通に起きる
- 逆指値はギャップダウンでは効かない。これを前提にサイズを決めない
- 寄付きと引けは板寄せ方式。値が飛びやすい
- 実質コスト = 手数料 + スプレッド + 市場インパクト。手数料は最小の項目
- ポジションサイズは資金でなく板の厚みが決める
- レバレッジは期待リターンを倍にし、破産確率を非線形に上げる