分散が効く理由

「卵を一つのカゴに盛るな」——なぜ効くのか。どこまで効いて、どこから効かないのか。

分散投資は投資の教科書で唯一「ただの昼飯」と呼ばれる。 リターンを落とさずにリスクだけ下げられる、という意味で。 だがこれは無条件ではない。条件は1つ、資産同士の相関が1未満であること。 その1つの条件から、なぜ効くのか・いくつ持てばいいのか・ なぜ暴落時に効かなくなるのかが全部出てくる。

分散投資の効果は、分散公式の第3項——相関 ρ の項——がすべてである。 だから効いているのは銘柄数ではなく相関で、危機で ρ が1に近づくと効果も消える

2つの資産を混ぜる

資産Aに w、資産Bに 1−w を配分する。 まずリターンを見る。こちらは単純。

ポートフォリオの期待リターン μp = wμa + (1−w)μb

期待値は線形なので、そのまま加重平均になる。ここに得も損もない。 面白いのはリスクのほう。σは加重平均にならない。

分散の公式を導く

  1. ポートフォリオのリターンは r_p = w·r_a + (1−w)·r_b
  2. 分散の定義は Var(r_p) = E[(r_p − μ_p)²]。 偏差を a = r_a − μ_a、b = r_b − μ_b と置くと r_p − μ_p = w·a + (1−w)·b
  3. 2乗して展開する: (w·a + (1−w)·b)² = w²a² + 2w(1−w)ab + (1−w)²b²
  4. 期待値を取る。 E[a²] = σ_a²、E[b²] = σ_b²、 E[ab] = Cov(a,b)
  5. 共分散を相関で書き直す。定義から Cov(a,b) = ρ·σ_a·σ_b
2資産のポートフォリオ分散 σp² = w²σa² + (1−w)²σb² + 2w(1−w)ρσaσb

前の章で「分散は足せる」と書いたが、正確には独立なときだけ足せる。 独立でないときのずれを表すのが第3項で、そこに ρ が入っている。 分散投資の効果は、この第3項がすべて。

ρ を3つの値で見る

式に ρ = 1、0、−1 を代入すると、何が起きているかが見える。 σa = σb = σ、w = 0.5(等分)で計算する。

ρ = 1 のとき:効果ゼロ

  1. σ_p² = 0.25σ² + 0.25σ² + 2(0.5)(0.5)(1)σ² = σ²
  2. つまり σ_p = σ。混ぜる前とまったく同じ
  3. 一般に ρ=1 なら σ_p = w·σ_a + (1−w)·σ_b。 σが単なる加重平均になる

完全に同じ動きをする2つを混ぜても、1つ持っているのと変わらない。 同じ業種の似た銘柄を10個買っても分散にならないのは、この理由による。 「銘柄数」ではなく「相関」が効いている。

ρ = 0 のとき:√2 分の1 になる

  1. 第3項が消えて σ_p² = 0.25σ² + 0.25σ² = 0.5σ²
  2. σ_p = σ/√2 ≈ 0.707σ。約30%減る
  3. リターンは加重平均のまま変わっていない。 リターンを1円も犠牲にせずσだけ下がった

ρ = −1 のとき:ゼロにできる

  1. σ_p² = 0.25σ² + 0.25σ² − 2(0.5)(0.5)σ² = 0
  2. σp = 0。リスクが完全に消える
  3. σが違う場合でも w = σ_b/(σ_a+σ_b) と配分すればゼロにできる

ただし ρ = −1 の資産を組んでリスクゼロにしたなら、 そのリターンは無リスク金利と等しくなければならない。 でなければリスクなしで金利以上を得られることになり、裁定が働いて価格が動く。 現実に ρ = −1 が安定して続く資産の組は存在しない。 存在したら、すでに誰かが刈り取っている。

動かして確かめる

2資産を混ぜる

0.30
50%
18%
7%
ポートフォリオ σ —
単純加重平均のσ —
分散効果(削減幅) —
期待リターン —

w を 0%→100% と動かしたときのポートフォリオσ。 濃い線が現在のρ、薄い線が ρ=1 のとき(=分散効果なしの直線)。 2本の間の隙間が、そのまま分散が生んだ削減幅。

同じ組み合わせを σ(横軸)とリターン(縦軸)で描いた曲線=効率的フロンティア。 ρが小さいほど左に膨らむ。膨らみが分散の利益。

最小分散点

上のグラフでσが最小になる w は、式を w で微分してゼロと置けば出る。

導出
  1. σ_p² = w²σ_a² + (1−w)²σ_b² + 2w(1−w)ρσ_aσ_b
  2. w で微分: 2wσ_a² − 2(1−w)σ_b² + 2(1−2w)ρσ_aσ_b = 0
  3. w について整理すると次の式になる
最小分散になる配分 w* = (σb² − ρσaσb) / (σa² + σb² − 2ρσaσb)

注目すべきは、ρが十分小さいと w* が「σの大きい資産にも」正の配分を与える点。 直感的にはリスクの低い資産だけ持てば一番安全に思えるが、そうではない。 値動きが違えば、リスクの高い資産を混ぜたほうが全体のσが下がる場合がある。 ρ が σb/σa を下回ると、この現象が起きる。

何銘柄あれば足りるのか

2資産の式を n 資産に広げる。等分(各 1/n)で持つとする。

  1. 分散は「自分自身の項」n 個と「ペアの項」n(n−1) 個からなる
  2. 各項の重みは (1/n)² = 1/n²
  3. 平均分散を σ̄²、平均共分散を c̄ とすると σ_p² = n·(1/n²)·σ̄² + n(n−1)·(1/n²)·c̄
  4. 整理して σ_p² = σ̄²/n + (1 − 1/n)·c̄
  5. n → ∞ の極限を取ると、第1項は消えるが第2項は c̄ のまま残る
n 銘柄に等分したときの分散 σp² = σ̄²/n + (1 − 1/n)·c̄   →   c̄  (n→∞)

この式が2種類のリスクの正体を示している。

n を増やすとどこまで減るか

平均σ=35%(σ̄²=0.1225)、平均相関ρ=0.25 の銘柄群とする。 このとき c̄ = 0.25 × 0.35 × 0.35 = 0.0306。

銘柄数 nσ_p1銘柄比限界(∞)までの残り
135.0%100%17.5pt
521.8%62%4.3pt
1019.9%57%2.4pt
2018.8%54%1.3pt
3018.4%53%0.9pt
10017.8%51%0.3pt
∞17.5%50%0

1→10 で 15.1pt 下がるのに、10→100 では 2.1pt しか下がらない。 効果は 1/n で減衰するので、 20〜30銘柄あたりで頭打ちになる。「20〜30銘柄で十分」の根拠はこれ。

ただしこの表は平均相関 ρ=0.25 を前提にしている。 同じ業種の30銘柄なら実際のρは0.6〜0.7になり、 下限は 17.5% ではなく 28% 前後にしか下がらない。 「30銘柄持った」ことより「相関の低いものを持ったか」が効く。 セクター、通貨、地域、資産クラスを跨げているかを見る。

よくある誤解 銘柄数を増やすほどリスクは下がり続ける。100銘柄なら30銘柄よりずっと安全
実際 下限は平均相関 c̄ で決まる。30を超えると削減幅は小数点以下になり、管理コストだけが増える

暴落時に相関が上がる

分散投資の最大の弱点はここにある。 相関は定数ではなく、市場環境によって変わる。 しかも最悪の局面で1に近づく。

なぜ危機のときに相関が上がるのか
  1. 共通因子の分散が跳ね上がる。 個別の材料が変わらなくても、市場全体の変動が大きくなれば 共通部分の比率が上がり、見かけの相関は自動的に上がる。 式で言えば ρ = 共通因子の寄与 / 全体 なので、分子が膨らむ
  2. 資金制約が銘柄を無差別に売らせる。 追証やファンドの解約に応じるには現金が要る。 このとき売られるのは「悪い銘柄」ではなく「売れる銘柄」。 流動性の高い優良株ほど先に売られる
  3. リスク量を一定に保つ運用が同じ方向に動く。 ボラティリティ・ターゲット型のファンドは、σが上がると自動で持ち高を減らす。 多くのファンドが同じルールで同時に売る
  4. 安全資産への逃避が起きる。 「株か債券か」ではなく「リスク資産か現金か」の選択になると、 リスク資産同士の区別が消える

つまり相関が上がるのは偶然ではなく、危機の仕組みそのもの。 「今回は相関が低いはず」という期待は持たないほうがいい。

これに対して現実的にできることは、あまり多くない。

リバランスはなぜ効くのか

配分を決めて放置すると、上がった資産の比率が勝手に増えていく。 元の比率に戻す作業がリバランス。これは機械的に高く売って安く買う操作になる。

株50:債券50 で始める

100万円を50万ずつ。1年後、株が +40% で70万、債券が +2% で51万。 合計121万に対し、株の比率は 57.9% に膨らんでいる。

50:50 に戻すには株を60.5万まで減らす=9.5万円分の株を売る。 意図せず「上がったものを売る」ことになる。 逆に株が下げた年は、買い増すことになる。

リバランスは利益を生むのか

ここは慎重に扱う必要がある。リバランスが常に有利という主張は正しくない。

よくある説明 リバランスは高く売って安く買うので、リターンが上がる(リバランス・ボーナス)
実際 平均回帰する市場では有利に働くが、トレンドが続く市場では勝ち馬を売り続けて不利になる。確実に得られるのはリターンでなくリスク配分の維持

理屈は前章のボラティリティ・ドラッグと繋がっている。 リバランスするとポートフォリオのσが低く保たれ、 g ≈ μ − σ²/2 のドラッグが小さくなる。 この分は数学的に発生する。

一方、放置すれば上がり続けた資産の比率が増え、 その資産のリターンをより多く取れる。こちらは相場次第。 どちらが勝つかは事前に分からない。

だからリバランスの正当な理由は「儲かるから」ではなく、 「決めたリスク量を維持するため」と考えるほうが正確。 放置すると、10年後には自分が引き受けているリスクが 当初の想定と全く違うものになっている。

確認

σ=20%の株式ファンドと、σ=20%の別の株式ファンド。相関は0.9。 半分ずつ持つと、ポートフォリオのσはいくつになるか。

σa=25%、σb=10%、ρ=0.1 の2資産がある。 リスクを最小にする配分は?

このときの σ_p は約 9.6%で、 Bを100%持つ 10% より低い。 リスクの高い資産を混ぜたのにリスクが下がった。 これが可能なのは ρ が σ_b/σ_a = 0.4 より小さいから。 「安全な資産だけ持てば一番安全」は成り立たない。

分散投資について、次のうち正しいものは?

1番目と4番目が間違いなのは、この残る項を無視しているから (現実の株式の平均相関は0ではなく0.2〜0.4程度あるので、 ρ=0を仮定すること自体が誤り)。

2番目が間違いなのは、期待リターンが線形の加重平均だから。 σだけが加重平均より小さくなる。ここが分散投資の要点。

そして3番目の後半——消せるリスクに対価は払われない——が、 資産価格モデル(CAPM)の出発点になる。 個別リスクを取っても、それは分散すれば無料で消せるものなので、 市場はその分の上乗せリターンを提供しない。

この章のまとめ