リスクの測り方
「リスク=標準偏差」と教わる。なぜそれでいいのか、どこまでで足りないのか。
リスクという言葉は日常では「損する可能性」を指す。 だが投資の教科書ではばらつきを指す。 この2つはずれている。ずれていることを分かった上で使うなら、 標準偏差は使える道具になる。分からずに使うと、 「リスクが低い」という数字を信じて足をすくわれる。
σが選ばれたのは、それが正しいリスクの定義だからではなく、足し算できるから。 そして掛け算で増える資産には、σ²/2 の目減りが必ず付いてくる
なぜ「ばらつき」を測るのか
将来のリターンは1つの数字ではない。ありうる値の集まりとして表れる。 集まりを1つの数字で要約するには、まず中心(平均)を出し、 次に中心からどれだけ離れているかを出す。後者がばらつき。
離れ具合の測り方はいくつもある。それでも標準偏差が使われるのには理由がある。
- 単純に
(r − 平均)を平均すると、 プラスとマイナスが打ち消し合って必ずゼロになる。使えない - 絶対値
|r − 平均|を平均する手はある(平均絶対偏差)。 値としては正しいが、絶対値は微分できないので、 あとで最適化する(分散投資の最適な配分を解く)ときに扱いにくい - 2乗
(r − 平均)²を平均する。これが分散。 微分できて、しかも次の性質を持つ - 独立な変動を足したとき、分散はそのまま足せる。 絶対偏差にはこの性質がない
- ただし分散は単位が「リターンの2乗」になって直感が効かない。 平方根を取ってリターンと同じ単位に戻したものが標準偏差 σ
4番目の「足せる」という性質が決定的に効いてくる。 次の章(分散が効く理由)で使うのはこの性質そのもの。 つまり標準偏差が選ばれたのは、それが最も正しいリスクの定義だからではなく、 数学的に扱いやすいからという側面が大きい。
なぜ n ではなく n−1 で割るのか
真の平均が分かっていれば n で割ってよい。
だが実際には平均もデータから推定している。
推定した平均は、その標本に最もよく当てはまるように選ばれているので、
ばらつきを本来より小さく見せてしまう。
- 標本平均 r̄ は、Σ(ri − x)² を最小にする x そのもの
- だから真の平均 μ を使ったときより、 Σ(ri − r̄)² は必ず小さい(等しいのは偶然一致したときだけ)
- その目減り分がちょうど自由度1つ分に相当する。
nではなくn−1で割ると期待値が真の分散に一致する
年率換算という落とし穴
日次のσをそのまま年率と比べてはいけない。換算が要る。 そして換算の仕方に、上で出た「分散は足せる」が効いている。
- 1年を N 日とし、各日のリターンが独立で同じ分布に従うとする
- 年間のリターンは日次リターンの合計(対数リターンなら厳密に合計)
- 独立な変数の和の分散は分散の和なので、
年間分散 =
N × 日次分散 - 平方根を取ると
σ年 = √N × σ日
具体例
日次の値動きの標準偏差が 1.2% の銘柄。年率では 1.2% × √250 = 1.2 × 15.8 = 約19%。
一方リターン(平均)は √ではなく N 倍で増える。 だから期間を長く取るほど、リターンはσに対して相対的に大きくなる。 「長期投資が有利」と言われる数学的な中身はここにある。 ただし後で見るとおり、これは損失の絶対額が小さくなるという意味ではない。
√時間ルールは「各期間のリターンが独立」という前提の上に立つ。 現実の相場には、下げが下げを呼ぶ局面(ボラティリティ・クラスタリング)がある。 この前提が崩れているとき、√Nで換算したσは実際より小さく出る。
算術平均と幾何平均のずれ
ここが本章の中心。「平均リターン7%」と言われたとき、 その7%は自分の資産が増える率ではない。
2年で確かめる
1年目 +50%、2年目 −50%。算術平均は (50 − 50)/2 = 0%。
だが100万円は 100 × 1.5 × 0.5 = 75万円。 2年で25%減っている。実際の増加率(幾何平均)は √0.75 − 1 = −13.4%/年。
算術平均0%と幾何平均−13.4%。この差はσが生んでいる。
差の大きさを式で出す
なぜ差が出るのか。掛け算だからだ。 掛け算を足し算に変えるには対数を取る。
- n 年後の資産は
W = (1+r₁)(1+r₂)…(1+rₙ)。掛け算 - 対数を取ると
log W = Σ log(1+rᵢ)。足し算になった - つまり長期の成長を決めるのは
log(1+r)の平均であって、rの平均ではない log(1+r)を r = μ のまわりでテイラー展開するとlog(1+r) ≈ log(1+μ) + (r−μ)/(1+μ) − (r−μ)²/(2(1+μ)²)- 期待値を取る。第2項は
E[r−μ] = 0で消える。 第3項はE[(r−μ)²] = σ²なので残る - 結果
E[log(1+r)] ≈ log(1+μ) − σ²/(2(1+μ)²)。 μ が小さければ分母は1に近いので≈ μ − σ²/2
σ²/2 だけ、算術平均から差し引かれる。 これがボラティリティ・ドラッグ(変動による目減り)。 注意したいのは、これは手数料でも税金でもなく、 掛け算の構造そのものから出てくるということ。 避ける方法はない。σを下げる以外にない。
σごとのドラッグ
算術平均が同じ7%でも、σが違えば期待できる成長率は違う。
| σ | σ²/2 | 実質の成長率 g |
|---|---|---|
| 10% | 0.5% | 6.5% |
| 20% | 2.0% | 5.0% |
| 30% | 4.5% | 2.5% |
| 40% | 8.0% | −1.0% |
| 50% | 12.5% | −5.5% |
σ=40%を超えると、期待リターンが年7%あっても典型的な結果はマイナスになる。 平均は7%のままなのに、である。
平均は上がるのに中央値は下がる
ここが直感に反するところなので、分けて書く。 算術平均は嘘をついていない。ただ、代表値として役に立っていない。
- 資産は掛け算で増える 足し算なら分布は左右対称になる。掛け算だと右に長く裾を引く(対数正規分布)
- 右に裾を引くと平均が右に引っ張られる 10倍になった少数の結果が平均を押し上げる。 だが自分がその少数に入る確率は低い
- だから平均 > 中央値 になる σが大きいほど裾が長くなり、この差が開く。 「平均的な人」が得るのは中央値のほう
- 下限はゼロ、上限はない −100%が下限なのに +∞ は許される。この非対称が裾を作っている
動かして確かめる
算術平均は固定したまま、σだけを動かす。 平均は変えていないのに、中央値がどう動くかを見る。
σ を動かす(算術平均は固定)
σ を 2% → 60% と動かしたときの、20年後の中央値(濃い線)と平均値(薄い線)。 算術平均は固定しているのに、中央値だけが落ちていく。
上の設定で 4,000回試したときの最終資産の分布。 右の裾が長く、山(最頻値)は元本の近くに寄る。
このシミュレーションは正規分布の乱数を使っている。 後で見るとおり現実の相場は正規分布より裾が厚いので、 ここで出る「元本割れの確率」は実際より楽観的だと思ったほうがよい。
−50%を取り返すには+100%要る
これも掛け算の帰結。だが独立に理解しておく価値がある。
- d だけ下落したあとの資産は
1 − d - 元に戻るには
(1 − d)(1 + x) = 1を満たす x が要る - 解くと
x = d / (1 − d)
| 下落率 d | 必要な上昇率 x |
|---|---|
| 10% | 11.1% |
| 20% | 25.0% |
| 33% | 49.3% |
| 50% | 100.0% |
| 70% | 233.3% |
| 90% | 900.0% |
分母が 1 − d なので、d が1に近づくと爆発的に増える。
20%までは「ほぼ同じくらい」の感覚が通用するが、50%を超えると別世界になる。
大きな損失は小さな損失を何回か重ねたものと等価ではない。
ここから導かれる実務的な帰結が1つある。 致命的な損失を避けることは、良いリターンを取ることより優先度が高い。 年10%を10回積んでも、1回の−90%で全部消える。 次章以降で扱うポジションサイズの話は、この非対称性から出てくる。
σ・最大ドローダウン・下方偏差
標準偏差には明確な欠点が3つある。それぞれに補う指標がある。
欠点1: 上振れも「リスク」として数える
σは平均からの距離を測るので、大きく上がったこともリスクに計上する。 投資家が嫌なのは下がることだけなのに。これを直したのが下方偏差。
目標 T(0%や無リスク金利)を下回った分だけを2乗して集める。 これをσの代わりに使ったシャープ・レシオがソルティノ・レシオ。
ただし、リターンの分布が左右対称なら σ と σD は 定数倍の関係になるだけで、順位は変わらない。 両者に差が出るのは分布が歪んでいるとき—— 小さな利益をコツコツ積んでたまに大損する戦略(オプション売りなど)を 評価するときに、この違いが効いてくる。
欠点2: 順番を無視する
σは各年のリターンを袋に入れてかき混ぜても変わらない。 だが「−30%が3年続く」のと「−30%が10年に1度ずつ来る」のでは、 投資家が耐えられるかどうかが全く違う。順番が効く。
過去の高値からの下落幅で、最悪だったもの。 実際に人が耐えられなくなって売る地点に近いのはσよりこちら。 ただしMDDは1回の出来事に依存するので、推定値としては非常に不安定 (データを1年伸ばすだけで大きく変わりうる)。
欠点3: 正規分布を暗に仮定している
次の節で詳しく扱う。
ファットテール——3σは滅多に起きないのか
正規分布なら、平均から3σ以上離れた事象は 両側で 0.27%—— 日次で見れば 約370営業日に1回、およそ1年半に1回のはず。
ところが現実の株価指数では、3σ超えの日は年に数回起きる。 5σ以上(正規分布なら数百万年に1回)も、数十年に何度か観測されている。
つまり正規分布は現実に合っていない。 裾が厚いことをファットテール、その度合いを表す統計量を尖度という。
なぜ4乗なのか、なぜ相場は裾が厚くなるのか
2乗(分散)は中心付近の散らばりに支配される。 4乗にすると遠く離れた値の寄与が極端に大きくなるので、 裾の厚さを感度よく拾える。−4σの1点は、−1σの1点の256倍の重みを持つ。
相場の裾が厚くなる仕組みは、少なくとも3つある。
- σ自体が一定でない。 平穏な時期と荒れた時期がある。σが違う複数の正規分布を混ぜると、 全体としては裾の厚い分布になる(正規分布の混合は正規分布ではない)
- 参加者が独立に動かない。 中心極限定理が正規分布を導くのは変動が独立なとき。 恐怖は伝播するので、売りが売りを呼ぶ。独立性が破れる
- レバレッジが強制的な売りを生む。 下落 → 追証 → 強制決済 → さらに下落。 価格が下がるほど売り圧力が増える正のフィードバックがある。 通常の需給(安くなれば買いたい人が増える)と逆向き
シャープ・レシオ
リターンとリスクを1つの数字にまとめる標準的な方法。 「リスク1単位あたり、無リスク金利をどれだけ上回ったか」を測る。
なぜ無リスク金利 Rf を引くのか。 国債で得られる分にはリスクを取っていないので、 リスクの対価として評価すべきなのは超過分だけだから。 金利5%の時代の「リターン8%」と、金利0%の時代の「リターン8%」は別物になる。
同じリターンでも評価が変わる
A:リターン12%、σ=25%、無リスク金利1% → SR = 11/25 = 0.44
B:リターン7%、σ=9%、無リスク金利1% → SR = 6/9 = 0.67
リターンはAが上だがSRはBが上。 Bをレバレッジ約2.8倍にすればリターン約17.8%・σ25%になり、 同じリスクでAを上回る。SRの比較はこの操作を前提にしている。
シャープ・レシオが捉えないもの
- 歪みと裾 分子は平均、分母は2次モーメント。3次(歪度)と4次(尖度)は入らない。 「毎月ちょっと勝ってたまに壊滅する」戦略はSRが非常に高く出る。 壊滅する前は
- 順番 σと同じくリターンを並べ替えても不変。連続した下落局面は表現できない
- 推定誤差 SRの標準誤差はおよそ √((1+SR²/2)/n)。 月次3年(n=36)ならSR=1でも標準誤差は約0.2。 SR 1.0 と SR 0.7 の優劣は、この期間では統計的に区別できない
- 流動性 取引が薄い資産は価格が更新されないだけでσが小さく出る。 非上場不動産やプライベート資産のSRが高く見えるのは、この計測の癖が効いている
- 選び方のバイアス 1000個の戦略を試して最良のSRを報告すれば、 中身が無くてもSR 2は出る。何個の中から選んだかを添えないSRは情報が足りない
確認
期待リターン(算術平均)が同じ8%のファンドA(σ=12%)とB(σ=35%)。 30年間持ったとき、最終資産の平均値はどうなるか。
平均値はほぼ同じ。算術平均が同じなら、
期待資産 E[W] = (1+μ)ⁿ はσに依らないから。
差が出るのは中央値のほう。
A の g = 8 − 0.72 = 7.28%、
B の g = 8 − 6.1 = 1.9%。
30年後の中央値は A が約8.2倍、B が約1.8倍で4倍以上開く。
Bの平均がAに追いつくのは、確率の低い巨大な当たりが平均を引き上げているため。
「平均が同じ」は「同じ結果になりやすい」を意味しない。
あるヘッジファンドが「10年間、月次リターンのσが年率4%、シャープ・レシオ2.5、 最大ドローダウンは3%」と報告している。まず疑うべきことは?
小さなσと高いSRが長期間続く戦略は、 「普段は小さく勝ち、稀に大きく負ける」構造であることが多い。 オプション売り、信用スプレッド取り、流動性の低い資産の保有などが該当する。 こうした戦略は裾が実現するまでは指標が良く見える。 SRは2次モーメントまでしか見ないので、この構造を検出できない。 確かめるべきは、歪度・尖度、危機時(2008年、2020年3月など)の月次リターン、 そして保有資産の値付けが実際の取引価格か理論値かという点。 なお計測期間中に裾が来なかったこと自体は不正を意味しない—— リスクが無かったことの証明にもならない、というだけ。
日次σが1.5%の指数で、ある日 −6% を記録した。「4σの事象」と報じられた。 この表現の何が問題か。
問題は2つある。 1つはσの推定期間。直近1年の穏やかな相場から推定すればσ=0.8%になり 同じ−6%が「7.5σ」になる。10年間で推定すればσ=1.8%で「3.3σ」。 同じ出来事が何σにでもなる。 もう1つは「何σか」という表現自体が正規分布を連想させること。 4σと聞くと「1万5千日に1回」と思うが、 実際の株価指数では4σ相当の日は数年に一度は起きている。 σは分布の形を決めない。形を仮定して初めて確率に翻訳できる。
この章のまとめ
- 標準偏差が使われるのは、独立な変動について分散が足せるから。 「最も正しいリスクの定義」だからではない
- σの年率換算は
√N倍。リターンはN倍。 だから期間が長いほどリターンがσに対して大きくなる - 資産は掛け算で増えるので、成長を決めるのは
log(1+r)の平均。 テイラー展開すると g ≈ μ − σ²/2 - そのため算術平均が同じでも、σが大きいほど中央値は下がる。 平均が同じことは同じ結果になりやすいことを意味しない
- 回復に必要な上昇率は
d/(1−d)。50%の下落には100%が要る。 大損は小損の積み重ねと等価ではない - σは上振れも数え、順番を無視し、正規分布を仮定している。 下方偏差・最大ドローダウン・期待ショートフォールがそれぞれを補う
- 現実の相場は裾が厚い。「3σ」は正規分布での話で、実際にはずっと頻繁に起きる
- シャープ・レシオは2次までしか見ない。歪んだ戦略は高いSRを出しうる