リスクの測り方

「リスク=標準偏差」と教わる。なぜそれでいいのか、どこまでで足りないのか。

リスクという言葉は日常では「損する可能性」を指す。 だが投資の教科書ではばらつきを指す。 この2つはずれている。ずれていることを分かった上で使うなら、 標準偏差は使える道具になる。分からずに使うと、 「リスクが低い」という数字を信じて足をすくわれる。

σが選ばれたのは、それが正しいリスクの定義だからではなく、足し算できるから。 そして掛け算で増える資産には、σ²/2 の目減りが必ず付いてくる

なぜ「ばらつき」を測るのか

将来のリターンは1つの数字ではない。ありうる値の集まりとして表れる。 集まりを1つの数字で要約するには、まず中心(平均)を出し、 次に中心からどれだけ離れているかを出す。後者がばらつき。

離れ具合の測り方はいくつもある。それでも標準偏差が使われるのには理由がある。

  1. 単純に (r − 平均) を平均すると、 プラスとマイナスが打ち消し合って必ずゼロになる。使えない
  2. 絶対値 |r − 平均| を平均する手はある(平均絶対偏差)。 値としては正しいが、絶対値は微分できないので、 あとで最適化する(分散投資の最適な配分を解く)ときに扱いにくい
  3. 2乗 (r − 平均)² を平均する。これが分散。 微分できて、しかも次の性質を持つ
  4. 独立な変動を足したとき、分散はそのまま足せる。 絶対偏差にはこの性質がない
  5. ただし分散は単位が「リターンの2乗」になって直感が効かない。 平方根を取ってリターンと同じ単位に戻したものが標準偏差 σ
標準偏差 σ = √( Σ(ri − r̄)² / (n−1) )

4番目の「足せる」という性質が決定的に効いてくる。 次の章(分散が効く理由)で使うのはこの性質そのもの。 つまり標準偏差が選ばれたのは、それが最も正しいリスクの定義だからではなく、 数学的に扱いやすいからという側面が大きい。

なぜ n ではなく n−1 で割るのか

真の平均が分かっていれば n で割ってよい。 だが実際には平均もデータから推定している。 推定した平均は、その標本に最もよく当てはまるように選ばれているので、 ばらつきを本来より小さく見せてしまう。

  1. 標本平均 r̄ は、Σ(ri − x)² を最小にする x そのもの
  2. だから真の平均 μ を使ったときより、 Σ(ri − r̄)² は必ず小さい(等しいのは偶然一致したときだけ)
  3. その目減り分がちょうど自由度1つ分に相当する。 n ではなく n−1 で割ると期待値が真の分散に一致する

年率換算という落とし穴

日次のσをそのまま年率と比べてはいけない。換算が要る。 そして換算の仕方に、上で出た「分散は足せる」が効いている。

  1. 1年を N 日とし、各日のリターンが独立で同じ分布に従うとする
  2. 年間のリターンは日次リターンの合計(対数リターンなら厳密に合計)
  3. 独立な変数の和の分散は分散の和なので、 年間分散 = N × 日次分散
  4. 平方根を取ると σ年 = √N × σ日
σ の年率換算(√時間ルール) σ年 = √N × σ日   (N ≒ 250営業日)

具体例

日次の値動きの標準偏差が 1.2% の銘柄。年率では 1.2% × √250 = 1.2 × 15.8 = 約19%。

一方リターン(平均)は √ではなく N 倍で増える。 だから期間を長く取るほど、リターンはσに対して相対的に大きくなる。 「長期投資が有利」と言われる数学的な中身はここにある。 ただし後で見るとおり、これは損失の絶対額が小さくなるという意味ではない。

√時間ルールは「各期間のリターンが独立」という前提の上に立つ。 現実の相場には、下げが下げを呼ぶ局面(ボラティリティ・クラスタリング)がある。 この前提が崩れているとき、√Nで換算したσは実際より小さく出る。

算術平均と幾何平均のずれ

ここが本章の中心。「平均リターン7%」と言われたとき、 その7%は自分の資産が増える率ではない。

2年で確かめる

1年目 +50%、2年目 −50%。算術平均は (50 − 50)/2 = 0%。

だが100万円は 100 × 1.5 × 0.5 = 75万円。 2年で25%減っている。実際の増加率(幾何平均)は √0.75 − 1 = −13.4%/年。

算術平均0%と幾何平均−13.4%。この差はσが生んでいる。

差の大きさを式で出す

なぜ差が出るのか。掛け算だからだ。 掛け算を足し算に変えるには対数を取る。

  1. n 年後の資産は W = (1+r₁)(1+r₂)…(1+rₙ)。掛け算
  2. 対数を取ると log W = Σ log(1+rᵢ)。足し算になった
  3. つまり長期の成長を決めるのは log(1+r) の平均であって、 r の平均ではない
  4. log(1+r) を r = μ のまわりでテイラー展開すると log(1+r) ≈ log(1+μ) + (r−μ)/(1+μ) − (r−μ)²/(2(1+μ)²)
  5. 期待値を取る。第2項は E[r−μ] = 0 で消える。 第3項は E[(r−μ)²] = σ² なので残る
  6. 結果 E[log(1+r)] ≈ log(1+μ) − σ²/(2(1+μ)²)。 μ が小さければ分母は1に近いので ≈ μ − σ²/2
幾何平均リターン(ボラティリティ・ドラッグ) g ≈ μ − σ²/2

σ²/2 だけ、算術平均から差し引かれる。 これがボラティリティ・ドラッグ(変動による目減り)。 注意したいのは、これは手数料でも税金でもなく、 掛け算の構造そのものから出てくるということ。 避ける方法はない。σを下げる以外にない。

σごとのドラッグ

算術平均が同じ7%でも、σが違えば期待できる成長率は違う。

σσ²/2実質の成長率 g
10%0.5%6.5%
20%2.0%5.0%
30%4.5%2.5%
40%8.0%−1.0%
50%12.5%−5.5%

σ=40%を超えると、期待リターンが年7%あっても典型的な結果はマイナスになる。 平均は7%のままなのに、である。

よくある誤解 期待リターンが同じなら、値動きが激しくても長期では同じところに行き着く
実際 平均は同じでも中央値が下がる。少数の大当たりが平均を押し上げ、大多数は平均より下に沈む

平均は上がるのに中央値は下がる

ここが直感に反するところなので、分けて書く。 算術平均は嘘をついていない。ただ、代表値として役に立っていない。

動かして確かめる

算術平均は固定したまま、σだけを動かす。 平均は変えていないのに、中央値がどう動くかを見る。

σ を動かす(算術平均は固定)

7.0%
20%
20年
実質成長率 g = μ − σ²/2 —
中央値(100万円が) —
平均値 —
元本割れの確率 —

σ を 2% → 60% と動かしたときの、20年後の中央値(濃い線)と平均値(薄い線)。 算術平均は固定しているのに、中央値だけが落ちていく。

上の設定で 4,000回試したときの最終資産の分布。 右の裾が長く、山(最頻値)は元本の近くに寄る。

このシミュレーションは正規分布の乱数を使っている。 後で見るとおり現実の相場は正規分布より裾が厚いので、 ここで出る「元本割れの確率」は実際より楽観的だと思ったほうがよい。

−50%を取り返すには+100%要る

これも掛け算の帰結。だが独立に理解しておく価値がある。

  1. d だけ下落したあとの資産は 1 − d
  2. 元に戻るには (1 − d)(1 + x) = 1 を満たす x が要る
  3. 解くと x = d / (1 − d)
回復に必要な上昇率 x = d / (1 − d)
下落率 d必要な上昇率 x
10%11.1%
20%25.0%
33%49.3%
50%100.0%
70%233.3%
90%900.0%

分母が 1 − d なので、d が1に近づくと爆発的に増える。 20%までは「ほぼ同じくらい」の感覚が通用するが、50%を超えると別世界になる。 大きな損失は小さな損失を何回か重ねたものと等価ではない。

ここから導かれる実務的な帰結が1つある。 致命的な損失を避けることは、良いリターンを取ることより優先度が高い。 年10%を10回積んでも、1回の−90%で全部消える。 次章以降で扱うポジションサイズの話は、この非対称性から出てくる。

σ・最大ドローダウン・下方偏差

標準偏差には明確な欠点が3つある。それぞれに補う指標がある。

欠点1: 上振れも「リスク」として数える

σは平均からの距離を測るので、大きく上がったこともリスクに計上する。 投資家が嫌なのは下がることだけなのに。これを直したのが下方偏差。

下方偏差(Downside Deviation) σD = √( Σ min(ri − T, 0)² / n )

目標 T(0%や無リスク金利)を下回った分だけを2乗して集める。 これをσの代わりに使ったシャープ・レシオがソルティノ・レシオ。

ただし、リターンの分布が左右対称なら σ と σD は 定数倍の関係になるだけで、順位は変わらない。 両者に差が出るのは分布が歪んでいるとき—— 小さな利益をコツコツ積んでたまに大損する戦略(オプション売りなど)を 評価するときに、この違いが効いてくる。

欠点2: 順番を無視する

σは各年のリターンを袋に入れてかき混ぜても変わらない。 だが「−30%が3年続く」のと「−30%が10年に1度ずつ来る」のでは、 投資家が耐えられるかどうかが全く違う。順番が効く。

最大ドローダウン MDD = maxt ( (ピークt − 谷t) / ピークt )

過去の高値からの下落幅で、最悪だったもの。 実際に人が耐えられなくなって売る地点に近いのはσよりこちら。 ただしMDDは1回の出来事に依存するので、推定値としては非常に不安定 (データを1年伸ばすだけで大きく変わりうる)。

欠点3: 正規分布を暗に仮定している

次の節で詳しく扱う。

ファットテール——3σは滅多に起きないのか

正規分布なら、平均から3σ以上離れた事象は 両側で 0.27%—— 日次で見れば 約370営業日に1回、およそ1年半に1回のはず。

ところが現実の株価指数では、3σ超えの日は年に数回起きる。 5σ以上(正規分布なら数百万年に1回)も、数十年に何度か観測されている。

つまり正規分布は現実に合っていない。 裾が厚いことをファットテール、その度合いを表す統計量を尖度という。

尖度(4次モーメント) Kurt = E[(r − μ)4] / σ4   (正規分布は 3)
なぜ4乗なのか、なぜ相場は裾が厚くなるのか

2乗(分散)は中心付近の散らばりに支配される。 4乗にすると遠く離れた値の寄与が極端に大きくなるので、 裾の厚さを感度よく拾える。−4σの1点は、−1σの1点の256倍の重みを持つ。

相場の裾が厚くなる仕組みは、少なくとも3つある。

  1. σ自体が一定でない。 平穏な時期と荒れた時期がある。σが違う複数の正規分布を混ぜると、 全体としては裾の厚い分布になる(正規分布の混合は正規分布ではない)
  2. 参加者が独立に動かない。 中心極限定理が正規分布を導くのは変動が独立なとき。 恐怖は伝播するので、売りが売りを呼ぶ。独立性が破れる
  3. レバレッジが強制的な売りを生む。 下落 → 追証 → 強制決済 → さらに下落。 価格が下がるほど売り圧力が増える正のフィードバックがある。 通常の需給(安くなれば買いたい人が増える)と逆向き
よくある誤解 99%VaRを守っておけば、100日に1日しか損失は超えない
実際 頻度以前に、超えたときにどこまで行くかをVaRは何も言わない。裾が厚い分布では、そこが本番になる

シャープ・レシオ

リターンとリスクを1つの数字にまとめる標準的な方法。 「リスク1単位あたり、無リスク金利をどれだけ上回ったか」を測る。

シャープ・レシオ SR = (Rp − Rf) / σp

なぜ無リスク金利 Rf を引くのか。 国債で得られる分にはリスクを取っていないので、 リスクの対価として評価すべきなのは超過分だけだから。 金利5%の時代の「リターン8%」と、金利0%の時代の「リターン8%」は別物になる。

同じリターンでも評価が変わる

A:リターン12%、σ=25%、無リスク金利1% → SR = 11/25 = 0.44
B:リターン7%、σ=9%、無リスク金利1% → SR = 6/9 = 0.67

リターンはAが上だがSRはBが上。 Bをレバレッジ約2.8倍にすればリターン約17.8%・σ25%になり、 同じリスクでAを上回る。SRの比較はこの操作を前提にしている。

シャープ・レシオが捉えないもの

確認

期待リターン(算術平均)が同じ8%のファンドA(σ=12%)とB(σ=35%)。 30年間持ったとき、最終資産の平均値はどうなるか。

あるヘッジファンドが「10年間、月次リターンのσが年率4%、シャープ・レシオ2.5、 最大ドローダウンは3%」と報告している。まず疑うべきことは?

日次σが1.5%の指数で、ある日 −6% を記録した。「4σの事象」と報じられた。 この表現の何が問題か。

この章のまとめ