銘柄を絞る
東証には約4000社ある。1社5分で読んでも333時間かかる。先に減らす。
前の章で決算書の読み方は決まった。だがどの会社の決算書を読むのかが 決まっていない。ここを勘や話題性で決めると、その先の分析がいくら丁寧でも 選んだ母集団に引きずられる。
スクリーニングは優れた銘柄を見つける装置ではない。 読む価値のない会社を機械的に外して、限られた時間を残りに使うための道具。 この区別を外すと、条件を通った銘柄をそのまま買うという一番危ない使い方になる。
スクリーニングの出力は調査対象のリストであって、買い注文のリストではない。 条件にすべきは「高い数字」ではなく「高い数字が続いていること」
絞り込みの全体像
条件を3段階に分ける。順番に意味がある。 安い順で始めると、安い理由が構造的な問題である会社ばかりが残る。
- 第1段:土俵に乗らない会社を外す(4000社 → 1500社程度) 時価総額の下限、営業CFがマイナス続き、債務超過。 価格をまだ見ない。買えるかどうか、事業として回っているかどうかだけ
- 第2段:事業の質で絞る(1500社 → 100〜200社) ROEやROICの水準と持続性、営業利益率、 自己資本比率、増収増益のトレンド。ここも価格は見ない
- 第3段:はじめて価格を見る(100社 → 10〜20社) PER・PBR・配当利回りを、同業種の中で比べる。 質が確認できた会社の中から、相対的に評価が低いものを拾う
- 第4段:ここから決算書を読む(20社 → 数社) 前章の手順。スクリーニングはここまで来るための準備でしかない
上の4段を棒の長さで見たもの(本文に書いた各段の目安件数)。 最初の2段で9割以上が落ちる。 価格を見る第3段に入る時点で、母集団はすでに100社まで減っている。 色が変わるところが「価格を見はじめる」境目。
条件ひとつずつの意味
| 条件 | 目安 | なぜその条件か | 外し方 |
|---|---|---|---|
| 時価総額 | 100億円以上 | 小さすぎると板が薄く、売りたいときに売れない。指数にも入らず情報も少ない | 小型株効果を狙うなら下げる。ただし流動性の代償を受け入れる |
| 営業CF | 3期連続プラス | 本業で現金が回っているかの最低条件。前章の話 | 成長投資期の企業は例外になりうる。その場合は理由を確認する |
| 自己資本比率 | 30%以上 | 不況期の耐久力。ただし業種依存が非常に強い | 金融・不動産・商社は構造的に低い。業種別に閾値を変える |
| ROE | 3〜5年平均で8%以上 | 株主資本を使って稼げているか。8%は資本コストの目安 | 単年度で見ない。これが最重要の注意点 |
| ROEのばらつき | 標準偏差が小さい | 安定して稼げるほど、将来の予測が当たりやすい | 景気循環株は構造的に振れる。同業内で比べる |
| 営業利益率 | 5%以上 | 価格決定力の代理指標。低すぎると原材料高で簡単に赤字になる | 薄利多売のモデルは低くて当然。回転率と併せて見る |
| 増収率 | 3期平均でプラス | コスト削減だけの増益は続かない。売上が伸びているか | 成熟産業では横ばいが普通。減っていなければよしとする |
| PER | 業種中央値以下 | 絶対値ではなく相対で見る。15倍という数字に意味はない | 成長率が違えば適正PERも違う(「株価の正体」の章) |
| PBR | 参考程度 | ROEと組み合わせないと判断できない(PBR = PER × ROE) | 低PBR単独のスクリーニングは罠を大量に拾う |
| 配当性向 | 30〜60% | 高すぎると成長投資に金が残らない。100%超は減配リスク | 無配でも再投資リターンが高ければ問題ない |
単年度スクリーニングが失敗する理由
利益は年ごとに大きく振れる。特別利益、円安、一時的な特需。 そしてスクリーニングは「たまたま今年よく見える会社」を 効率よく集める装置になってしまう。
具体例:同じROE 18%、まったく違う2社
| 年度 | H社 ROE | I社 ROE |
|---|---|---|
| 4期前 | 17.5% | 3.0% |
| 3期前 | 18.2% | −2.0% |
| 2期前 | 16.9% | 5.0% |
| 前期 | 18.8% | 4.0% |
| 今期 | 18.0% | 18.0% |
| 5年平均 | 17.9% | 5.6% |
「ROE 15%以上」という単年度条件では両社とも通過する。 だがH社は5年間安定して17〜19%。I社は今期だけ跳ねている。
I社の18%が資産売却益や補助金によるものなら、来期は元の4%に戻る。 5年平均で見る条件にしておけば、I社は自動的に落ちる。
上の表をそのまま棒にしたもの。 今期だけを見ると2社は同じ高さだが、 過去4期を並べると別の会社であることが一目で分かる。 5年平均(いちばん下の2本)は本文の表の値から計算している。
平均回帰という現象
極端な数字は次の期に平均へ戻りやすい。統計的な性質であり、 その会社が悪くなったからではない。 利益率が異常に高ければ競合が参入し、低ければ撤退が起きて改善する。 実体経済にも同じ力が働く。
だからスクリーニングでは、 「高い数字」ではなく「高い数字が続いていること」を条件にする。 続くということは、平均回帰の力に抗える何かがある証拠。 特許、ブランド、切り替えコスト、ネットワーク効果、規制。 その何かを探すのが、次の段階の仕事になる。
バリュートラップ
低PER・低PBRで買ったのに、株価が上がらないどころか下がり続ける。これがバリュートラップ。 前の章の式で言えば、市場は g をマイナスと見ている。 安いのは間違いではなく、正しい評価だった、という状態。
- 構造的な衰退産業 需要が恒久的に減っている。PER 6倍でも、利益が毎年10%減るなら PERは来年7倍相当になる。安さが追いつかない
- 資産はあるが使えない PBR 0.4倍。だが資産の中身が本社の土地と関係会社株式で、 売る意思も能力もない。解散価値は解散して初めて価値になる
- ガバナンスの問題 創業家が支配し、少数株主の利益に関心がない。 現金を貯め込むだけで還元も投資もしない。数字の安さは実現しない
- 会計上の安さ 簿価が実態を反映していない。不良債権、陳腐化した在庫、 減損されていないのれん。PBRの分母が信用できない
罠を見分ける実務的な問い:「この安さは何をきっかけに解消されるのか」。 新製品、経営交代、事業売却、自社株買い、業界再編。 答えが「そのうち市場が気づく」しかないなら、 気づく理由がないので永久に安いままである可能性が高い。
ファクター投資を正直に説明する
学術研究では、特定の性質を持つ銘柄群が長期的に市場平均を上回った、 という報告が多数ある。これがファクター。 正しく理解するには、報告されていることと、 それがどこまで信用できるかを分けて見る必要がある。
| ファクター | 中身 | 報告されている根拠 | 疑うべき点 |
|---|---|---|---|
| バリュー | PBRやPERが低い銘柄群 | Fama-French (1992) 以降、多くの市場で確認された | 2010年代以降の米国では長期にわたり効かなかった。無形資産中心の企業でPBRの意味が薄れた可能性 |
| クオリティ | 収益性が高く安定、負債が少ない | 比較的頑健とされ、他のファクターとの相性もよい | 「質」の定義が研究ごとに違う。定義を選べる自由度が結果を良くしている疑い |
| モメンタム | 過去6〜12か月上昇した銘柄が続伸 | Jegadeesh-Titman (1993)。多くの市場・資産で再現 | 暴落局面で一気に反転する(モメンタム・クラッシュ)。売買回転が高くコストを食う |
| サイズ | 小型株が大型株を上回る | Banz (1981) が最初の報告 | 発表後の再検証で効果が弱いか消えたとする研究が多い。流動性リスクの対価という解釈も |
| 低ボラティリティ | 値動きの小さい銘柄が良好 | 理論(CAPM)と逆の結果として繰り返し報告 | 金利環境に依存する。混雑すると効果が薄れる |
再現性の問題 — なぜファクターを鵜呑みにできないのか
金融の学術研究には構造的な偏りがある。
- 発表バイアス:効果が見つからなかった研究は論文にならない。 結果として「効果あり」の報告だけが世に出る
- 多重検定:Harvey ら (2016) は、 学術誌で報告された「リターンを説明する要因」が 300を超えると指摘した。偶然でも有意に見えるものは大量に出る
- 発表後の減衰:McLean-Pontiff (2016) は、 論文発表後にアノマリーのリターンが平均でおよそ3割から5割 減衰したと報告した。人が知って取引すれば、その分は価格に織り込まれる
- 取引コストの無視:多くのバックテストは スプレッド・手数料・市場インパクトを含まない。 高回転の戦略ほど、実際の手取りは小さくなる(次章の話)
だからファクターは「効くはずのもの」ではなく 「効いたことがあると報告されているもの」として扱う。 自分の判断の一部として使うのはよい。 「実証済みだから儲かる」と考えるのは、上の4つを全部無視することになる。
業種の中で比べる
PER 12倍は割安か。答えは業種による。 設備投資が重く成長の遅い業種では標準的だし、 安定成長のソフトウェア企業なら異常に安い(何かある)。
これが0.7なら業種内で3割安い。
具体例:業種を無視した比較の失敗
PER 9倍の銀行株と、PER 9倍のSaaS企業。同じ数字だが意味が逆。
銀行業の中央値が10倍前後なら、9倍はほぼ平均で、特に割安ではない。 一方SaaS業種の中央値が40倍なら、9倍は中央値の4分の1。 ここまで安いのは、成長が止まったか、解約率が悪化したか、 会計に疑いが持たれているか。安さそのものが調べるべき異常になる。
スクリーナーを動かす
架空の120社に対して条件を動かす。 条件を1つ厳しくするたびに何社落ちるかを見てほしい。
条件を設定する
同じ120社を PER(横)× ROE(縦)で置いたもの。 濃い点が条件を通過した会社、薄い点が落ちた会社。 条件のスライダーを動かすと、点の散らばりのどこを切り取っているかが直接見える。 右上がりの線は回帰直線で、 ROEが高い会社ほどPERも高い——市場が実力を織り込んでいる分だけ、 「高ROEかつ低PER」は右下の限られた領域にしかない。
通過した会社を今期だけ跳ねた会社と 地力で稼いでいる会社に分け、 営業CF/純利益の中央値を比べたもの。 「ROEは今期のみで判定」に切り替えると跳ね組が増え、 1倍を割る側の棒が伸びる—— 通過数が増えるかわりに、利益に現金が伴わない会社が混ざる。
「ROEは今期のみで判定」に切り替えてみる。 通過数が増える一方で、通過組の営業CF/純利益の中央値は下がりやすい。 単年度の条件は数を増やすが、質を落とす。 条件を緩めれば通るのは当たり前で、 問題は通した会社の中身が変わっていることにある。
確認
「PBR 0.5倍以下、配当利回り4%以上」でスクリーニングして30社が出た。 この結果の使い方として最も適切なのは?
この条件は安さだけを見て質を見ていないので、
バリュートラップが濃縮された集団になりやすい。
PBRが低い順に並べれば、より罠に近い順に並ぶ(選択肢3が特に危ない)。
配当利回りが高いのは、株価が下がったからであることが多い。
利回り4%の会社が減配すれば、利回りは2%になり株価はさらに下がる。
利回りの高さは配当の安全性を意味しない(選択肢2)。
30社を機械的に買う戦略(選択肢1)は、バリュー・ファクターへの
分散したエクスポージャーとしては一応筋が通る。
ただし上の再現性の議論を踏まえると、
「実証済みだから大丈夫」という前提では立てられない。
スクリーニングの出力は調査対象のリストであって、買い注文のリストではない。
J社は5年間ROEが毎年25%前後。同業他社の平均は9%。 まず確かめるべきことは?
平均回帰の力が働くはずの5年間、業種平均の3倍近いROEを維持できている。
これは異常であり、異常には理由がある。
考えられる仕組み:特許・規制による参入障壁、ブランド、
乗り換えコストの高さ、ネットワーク効果、圧倒的なシェアによる規模の経済。
あるいは自社株買いで自己資本を薄くしているだけという可能性もある。
確かめ方:まずROICを見る。ROEは高いのにROICが業種平均並みなら、
高ROEの正体は財務レバレッジ(前章の「ROE − ROIC」)。
ROICも高ければ事業の力なので、次はセグメント情報と
営業利益率の推移を見て、どこで稼いでいるかを特定する。
仕組みが特定できなければ買わないのが正しい。
理由が分からない優位は、いつ消えたか分からない。
あるバックテストで「PER下位20%かつROE上位20%」の戦略が 過去20年で年率18%のリターンを出した。この結果を見て最初に疑うべきことは?
バックテストを壊す2大バイアス。
生存者バイアス:現在上場している企業だけのデータベースを使うと、
倒産・上場廃止した企業が最初から存在しない。
低PERで買った銘柄が倒産するケースが丸ごと消えるので、
バリュー戦略の成績は必ず良く出る。
先読みバイアス:3月期決算の数字は5月に発表される。
なのに「3月末時点のPER」として3月期の確定値を使うと、
当時知りえない情報で売買していることになる。
決算発表日以降のデータのみを使うのが正しい。
この2つを直すだけで、年率18%が10%前後まで落ちることは珍しくない。
さらに取引コストと発表後の減衰を引くと、残るものは少ない。
期間の長さ(選択肢1)も論点ではあるが、
バイアスがあれば期間を伸ばしても結果は良く出続ける。
この章のまとめ
- スクリーニングは読む会社を減らす道具であって、買う銘柄を選ぶ道具ではない
- 順番は土俵 → 質 → 価格。安さから入るとバリュートラップを拾う
- 単年度の条件は「たまたま今年よく見える会社」を集める。3〜5年平均と安定性で見る
- 極端な数字は平均へ戻る。戻らない会社には理由があるので、その理由を特定する
- PER・PBRは同業種の中央値と比べて意味を持つ
- ファクターは「効いたと報告されているもの」。発表バイアス・多重検定・発表後の減衰・取引コストを差し引いて考える
- バックテストは生存者バイアスと先読みバイアスをまず疑う