銘柄を絞る

東証には約4000社ある。1社5分で読んでも333時間かかる。先に減らす。

前の章で決算書の読み方は決まった。だがどの会社の決算書を読むのかが 決まっていない。ここを勘や話題性で決めると、その先の分析がいくら丁寧でも 選んだ母集団に引きずられる。

スクリーニングは優れた銘柄を見つける装置ではない。 読む価値のない会社を機械的に外して、限られた時間を残りに使うための道具。 この区別を外すと、条件を通った銘柄をそのまま買うという一番危ない使い方になる。

スクリーニングの出力は調査対象のリストであって、買い注文のリストではない。 条件にすべきは「高い数字」ではなく「高い数字が続いていること」

絞り込みの全体像

条件を3段階に分ける。順番に意味がある。 安い順で始めると、安い理由が構造的な問題である会社ばかりが残る。

上の4段を棒の長さで見たもの(本文に書いた各段の目安件数)。 最初の2段で9割以上が落ちる。 価格を見る第3段に入る時点で、母集団はすでに100社まで減っている。 色が変わるところが「価格を見はじめる」境目。

条件ひとつずつの意味

条件目安なぜその条件か外し方
時価総額100億円以上 小さすぎると板が薄く、売りたいときに売れない。指数にも入らず情報も少ない 小型株効果を狙うなら下げる。ただし流動性の代償を受け入れる
営業CF3期連続プラス 本業で現金が回っているかの最低条件。前章の話 成長投資期の企業は例外になりうる。その場合は理由を確認する
自己資本比率30%以上 不況期の耐久力。ただし業種依存が非常に強い 金融・不動産・商社は構造的に低い。業種別に閾値を変える
ROE3〜5年平均で8%以上 株主資本を使って稼げているか。8%は資本コストの目安 単年度で見ない。これが最重要の注意点
ROEのばらつき標準偏差が小さい 安定して稼げるほど、将来の予測が当たりやすい 景気循環株は構造的に振れる。同業内で比べる
営業利益率5%以上 価格決定力の代理指標。低すぎると原材料高で簡単に赤字になる 薄利多売のモデルは低くて当然。回転率と併せて見る
増収率3期平均でプラス コスト削減だけの増益は続かない。売上が伸びているか 成熟産業では横ばいが普通。減っていなければよしとする
PER業種中央値以下 絶対値ではなく相対で見る。15倍という数字に意味はない 成長率が違えば適正PERも違う(「株価の正体」の章)
PBR参考程度 ROEと組み合わせないと判断できない(PBR = PER × ROE) 低PBR単独のスクリーニングは罠を大量に拾う
配当性向30〜60% 高すぎると成長投資に金が残らない。100%超は減配リスク 無配でも再投資リターンが高ければ問題ない

単年度スクリーニングが失敗する理由

よくある誤解 今期ROE 20%の会社は、資本効率の高い優良企業
実際 今期だけ20%の会社と、5年間ずっと20%の会社は別物。前者は一過性の特殊要因である可能性が高い

利益は年ごとに大きく振れる。特別利益、円安、一時的な特需。 そしてスクリーニングは「たまたま今年よく見える会社」を 効率よく集める装置になってしまう。

具体例:同じROE 18%、まったく違う2社

年度H社 ROEI社 ROE
4期前17.5%3.0%
3期前18.2%−2.0%
2期前16.9%5.0%
前期18.8%4.0%
今期18.0%18.0%
5年平均17.9%5.6%

「ROE 15%以上」という単年度条件では両社とも通過する。 だがH社は5年間安定して17〜19%。I社は今期だけ跳ねている。

I社の18%が資産売却益や補助金によるものなら、来期は元の4%に戻る。 5年平均で見る条件にしておけば、I社は自動的に落ちる。

上の表をそのまま棒にしたもの。 今期だけを見ると2社は同じ高さだが、 過去4期を並べると別の会社であることが一目で分かる。 5年平均(いちばん下の2本)は本文の表の値から計算している。

平均回帰という現象

極端な数字は次の期に平均へ戻りやすい。統計的な性質であり、 その会社が悪くなったからではない。 利益率が異常に高ければ競合が参入し、低ければ撤退が起きて改善する。 実体経済にも同じ力が働く。

だからスクリーニングでは、 「高い数字」ではなく「高い数字が続いていること」を条件にする。 続くということは、平均回帰の力に抗える何かがある証拠。 特許、ブランド、切り替えコスト、ネットワーク効果、規制。 その何かを探すのが、次の段階の仕事になる。

バリュートラップ

低PER・低PBRで買ったのに、株価が上がらないどころか下がり続ける。これがバリュートラップ。 前の章の式で言えば、市場は g をマイナスと見ている。 安いのは間違いではなく、正しい評価だった、という状態。

罠を見分ける実務的な問い:「この安さは何をきっかけに解消されるのか」。 新製品、経営交代、事業売却、自社株買い、業界再編。 答えが「そのうち市場が気づく」しかないなら、 気づく理由がないので永久に安いままである可能性が高い。

ファクター投資を正直に説明する

学術研究では、特定の性質を持つ銘柄群が長期的に市場平均を上回った、 という報告が多数ある。これがファクター。 正しく理解するには、報告されていることと、 それがどこまで信用できるかを分けて見る必要がある。

ファクター中身報告されている根拠疑うべき点
バリューPBRやPERが低い銘柄群 Fama-French (1992) 以降、多くの市場で確認された 2010年代以降の米国では長期にわたり効かなかった。無形資産中心の企業でPBRの意味が薄れた可能性
クオリティ収益性が高く安定、負債が少ない 比較的頑健とされ、他のファクターとの相性もよい 「質」の定義が研究ごとに違う。定義を選べる自由度が結果を良くしている疑い
モメンタム過去6〜12か月上昇した銘柄が続伸 Jegadeesh-Titman (1993)。多くの市場・資産で再現 暴落局面で一気に反転する(モメンタム・クラッシュ)。売買回転が高くコストを食う
サイズ小型株が大型株を上回る Banz (1981) が最初の報告 発表後の再検証で効果が弱いか消えたとする研究が多い。流動性リスクの対価という解釈も
低ボラティリティ値動きの小さい銘柄が良好 理論(CAPM)と逆の結果として繰り返し報告 金利環境に依存する。混雑すると効果が薄れる
再現性の問題 — なぜファクターを鵜呑みにできないのか

金融の学術研究には構造的な偏りがある。

  1. 発表バイアス:効果が見つからなかった研究は論文にならない。 結果として「効果あり」の報告だけが世に出る
  2. 多重検定:Harvey ら (2016) は、 学術誌で報告された「リターンを説明する要因」が 300を超えると指摘した。偶然でも有意に見えるものは大量に出る
  3. 発表後の減衰:McLean-Pontiff (2016) は、 論文発表後にアノマリーのリターンが平均でおよそ3割から5割 減衰したと報告した。人が知って取引すれば、その分は価格に織り込まれる
  4. 取引コストの無視:多くのバックテストは スプレッド・手数料・市場インパクトを含まない。 高回転の戦略ほど、実際の手取りは小さくなる(次章の話)

だからファクターは「効くはずのもの」ではなく 「効いたことがあると報告されているもの」として扱う。 自分の判断の一部として使うのはよい。 「実証済みだから儲かる」と考えるのは、上の4つを全部無視することになる。

業種の中で比べる

PER 12倍は割安か。答えは業種による。 設備投資が重く成長の遅い業種では標準的だし、 安定成長のソフトウェア企業なら異常に安い(何かある)。

業種内での相対評価 相対PER = その銘柄のPER / 同業種の中央値PER

これが0.7なら業種内で3割安い。

具体例:業種を無視した比較の失敗

PER 9倍の銀行株と、PER 9倍のSaaS企業。同じ数字だが意味が逆。

銀行業の中央値が10倍前後なら、9倍はほぼ平均で、特に割安ではない。 一方SaaS業種の中央値が40倍なら、9倍は中央値の4分の1。 ここまで安いのは、成長が止まったか、解約率が悪化したか、 会計に疑いが持たれているか。安さそのものが調べるべき異常になる。

スクリーナーを動かす

架空の120社に対して条件を動かす。 条件を1つ厳しくするたびに何社落ちるかを見てほしい。

条件を設定する

100億
8.0%
30%
5.0%
20.0倍
0.0%
通過した会社 —
通過組の営業CF/純利益 中央値 —

同じ120社を PER(横)× ROE(縦)で置いたもの。 濃い点が条件を通過した会社、薄い点が落ちた会社。 条件のスライダーを動かすと、点の散らばりのどこを切り取っているかが直接見える。 右上がりの線は回帰直線で、 ROEが高い会社ほどPERも高い——市場が実力を織り込んでいる分だけ、 「高ROEかつ低PER」は右下の限られた領域にしかない。

通過した会社を今期だけ跳ねた会社と 地力で稼いでいる会社に分け、 営業CF/純利益の中央値を比べたもの。 「ROEは今期のみで判定」に切り替えると跳ね組が増え、 1倍を割る側の棒が伸びる—— 通過数が増えるかわりに、利益に現金が伴わない会社が混ざる。

「ROEは今期のみで判定」に切り替えてみる。 通過数が増える一方で、通過組の営業CF/純利益の中央値は下がりやすい。 単年度の条件は数を増やすが、質を落とす。 条件を緩めれば通るのは当たり前で、 問題は通した会社の中身が変わっていることにある。

確認

「PBR 0.5倍以下、配当利回り4%以上」でスクリーニングして30社が出た。 この結果の使い方として最も適切なのは?

J社は5年間ROEが毎年25%前後。同業他社の平均は9%。 まず確かめるべきことは?

あるバックテストで「PER下位20%かつROE上位20%」の戦略が 過去20年で年率18%のリターンを出した。この結果を見て最初に疑うべきことは?

この章のまとめ