いくら賭けるか
有利な賭けを見つけた。次の問題は「いくら賭けるか」。ここで多くが破産する。
投資の話は「何を買うか」に集中しがちだが、 資産の行き先を決めるのは、何を買うかより、いくら賭けるかのほうであることが多い。 同じ銘柄を同じ日に買っても、資金の5%を入れた人と80%を入れた人では 結果が別物になる。しかも後者は、有利な賭けでも破産しうる。
この章ではその賭け額を決める理屈を導く。 なおここで扱うのは配分の理論であって、勝てる方法ではない。 前提となる勝率や期待リターンは、自分で推定するしかない。 そしてその推定は、たいてい間違っている。
期待値が最大になる賭け方は、ほぼ確実に破産する賭け方でもある。 繰り返して再投資するなら、最大化すべきは期待資金ではなく資産の対数 E[log(1+f·x)]
期待値を最大にすると破産する
有利な賭けがあるとする。 60%の確率で賭け金が2倍、40%で全額失う。 期待値は 0.6×2 = 1.2 で、1回ごとに20%増える計算になる。
期待値だけを見るなら、答えは明快だ。全額賭ければいい。
- 資金の割合 f を賭けると、期待資金は
1 + 0.2f倍になる - f について単調増加なので、
f = 1(全額)が最大 - ところが
f = 1で賭け続けると、 1回でも負けた瞬間に資金がゼロになる - ゼロになったら復帰できない。以後どんな有利な賭けが来ても参加できない
- n 回続けて生き残る確率は
0.6ⁿ。 10回で 0.6%、20回で 0.004%。 ほぼ確実に破産する
矛盾しているように見えるが、していない。 期待資金は本当に増えている。増やしているのが、 「20回全勝する 0.004% の枝」だからだ。 その枝では資金が220 = 100万倍になっているので、平均は確かに上がる。 だが自分がその枝にいる確率は無視できるほど小さい。
前章で見たものと同じ構造が出ている。平均と中央値がずれている。 平均を最大化するのは、中央値を最大化することではない。
繰り返す賭けでは log を最大化する
では何を最大化すべきか。答えは資産の対数の期待値。 理由は前章の展開そのままで、資産が掛け算で増えるからだ。
- n 回の賭けの後の資金は
W = W₀ × (1+f·x₁)(1+f·x₂)…(1+f·xₙ)。掛け算 - 対数を取ると
log(W/W₀) = Σ log(1+f·xᵢ)。足し算になる - 大数の法則は足し算に対して働くので、
nが大きいと(1/n)Σ log(1+f·xᵢ) → E[log(1+f·x)]に収束する - つまり
W ≈ W₀ · exp(n · E[log(1+f·x)]) - n が大きいとき資金を決めるのは
E[log(1+f·x)]ただ1つ。 これを最大にする f が答え
大事なのは、これが「対数効用を持つ人だけの話」ではない点。 リスク選好の問題ではなく、 「同じ賭けを繰り返して資金を再投資する」という構造から出てくる。 1回きりの賭けなら期待値の最大化が正しいこともある。 繰り返して複利で回すなら、logが決める。
ケリー基準を導く
勝率 p で賭け金の b 倍が得られ、 負ける確率 q = 1−p で賭け金を失う賭けを考える。 資金の割合 f を賭ける。
- 勝てば資金は
1 + bf倍、負ければ1 − f倍 - 成長率は
g(f) = p·log(1 + bf) + q·log(1 − f) - f で微分:
g'(f) = pb/(1 + bf) − q/(1 − f) - ゼロと置く:
pb(1 − f) = q(1 + bf) - 展開:
pb − pbf = q + qbf - f でまとめる:
pb − q = bf(p + q) = bf(p+q=1なので) - 割って
f* = (pb − q)/b
これが最大値であることの確認と、意味の読み方
2階微分は
g''(f) = −pb²/(1+bf)² − q/(1−f)²。
p, q, b がすべて正なので常に負。
つまり g(f) は上に凸で、極値は必ず最大値になる。
ケリー点は唯一で、山は1つだけ。
読み方は2通りある。
f* = (bp − q)/bの分子bp − qは 1単位賭けたときの期待利益そのもの。 分母の b はオッズ。つまり f* = 期待利益 ÷ オッズ = エッジ ÷ オッズbp − q ≤ 0(期待値がプラスでない)ならf* ≤ 0。賭けないのが最適。 式が自動的にそう言う
エッジが同じでもオッズが大きい(低確率・高配当)ほど f* は小さくなる。 「たまにしか当たらないが当たれば大きい」賭けには、 期待値が同じでも小さく張るのが正しい。
冒頭の賭けに当てはめる
60%で2倍(=賭け金と同額を得るので b=1)、40%で全額失う。
f* = (1×0.6 − 0.4)/1 = 0.20。
資金の20%が最適。
このとき成長率は
0.6·log(1.2) + 0.4·log(0.8) = 0.6(0.1823) + 0.4(−0.2231) = 0.0201。
1回あたり約2.0%。全額賭けたときの「期待20%」とは大違いだが、
こちらは実際に手に入る。
連続版:f* = μ/σ²
株のように「勝ち負け」ではなく連続的にリターンが分布する場合。 前章のテイラー展開がそのまま使える。
- 資産の超過リターンを x(平均 μ、分散 σ²)とする。
割合 f を投じたときの成長率は
g(f) = E[log(1 + f·x)] log(1+u) ≈ u − u²/2で展開(u = f·xが小さいとする)g(f) ≈ E[f·x] − E[(f·x)²]/2 = fμ − f²(σ² + μ²)/2- μ² は σ² に比べて小さいので落とす:
g(f) ≈ fμ − f²σ²/2 - これは f の下に凸な2次関数(上に凸な放物線)。
微分して
μ − fσ² = 0
この式は前章と綺麗に繋がっている。μ/σ はシャープ・レシオなので、
f* = SR/σ とも書ける。
シャープ・レシオが高いほど大きく張ってよく、σが高いほど張ってはいけない。
株式市場に当てはめると
株式のリスクプレミアムを μ=5%、σ=18% とすると
f* = 0.05/0.0324 = 1.54。
ケリーは「1.5倍のレバレッジをかけろ」と言う。 これを額面通り受け取る人はほとんどいない。理由は次節。
賭けすぎるとどうなるか
成長率の式 g(f) ≈ fμ − f²σ²/2 は放物線なので、
ケリー点を頂点として左右対称に落ちていく。
落ち方には決定的な非対称がある。
g(f) = fμ − f²σ²/2にゼロ点を求める:f(μ − fσ²/2) = 0- 解は
f = 0とf = 2μ/σ² = 2f* - つまりケリーの2倍を賭けると、成長率がゼロになる
- それを超えると
g(f) < 0。 期待値がプラスの賭けに勝ち続けても、資金が減っていく
この 2f* は2次近似の上での話で、正確な値ではない。
離散の式 g(f) = p·log(1+bf) + q·log(1−f) で解くと、
ゼロ交差は 2f* よりわずかに手前に来る。
近似の誤差は安全側ではなく危険側に外れるので、
「2倍までは大丈夫」と読まないほうがいい。
ここが本章で最も実用的な結論。 ケリーの2倍あたりで成長率がゼロを切り、その先はマイナス。 しかも f* の推定には μ と σ が要り、 μ の推定誤差は大きい。μ を2倍に見誤れば f* も2倍になり、そのまま賭ければ成長率ゼロの地点に立つ。
非対称であることを見る
| 賭け額 | 成長率(ケリー時を100とすると) |
|---|---|
| 0.25 f* | 44 |
| 0.5 f*(ハーフ・ケリー) | 75 |
| 0.75 f* | 94 |
| 1.0 f*(ケリー) | 100 |
| 1.25 f* | 94 |
| 1.5 f* | 75 |
| 2.0 f* | 0 |
| 2.5 f* | −56 |
放物線なので、成長率そのものは f* の左右で対称に見える。 だが実務上の非対称は別のところにある。
- 下振れは有界、上振れは無限 賭けを減らす方向には下限がある(f=0 で成長率0)。 増やす方向には上限がなく、成長率はいくらでもマイナスに沈む
- 推定誤差の効き方が違う μ を過小に見積もれば「少し損する」だけ。 過大に見積もれば「マイナス成長」に踏み込む。 同じ大きさの誤りでも結果が違う
- 途中のドローダウンが違う フル・ケリーでは、資産が一時的に半分になる確率が およそ50%ある(一般に x まで下がる確率は約 x)。 成長率は最大でも、途中で耐えられない
- 途中で降りたら理論が壊れる ケリーは「同じ賭けを永久に繰り返す」前提。 ドローダウンに耐えられず途中でやめれば、最適性は保証されない
だからハーフ・ケリー
半分にすると何が変わるか
g(0.5f*) = 0.5f*·μ − (0.5f*)²σ²/2。
f* = μ/σ² を代入すると
g = 0.5μ²/σ² − 0.125μ²/σ² = 0.375μ²/σ²。
フル・ケリーは 0.5μ²/σ² なので比は 75%。
成長率は25%しか落ちないのに、σは半分になる。 変動が半分ならドローダウンも大幅に浅くなり、 推定誤差に対する余裕も2倍になる(誤って f* を2倍に見誤っても、まだフル・ケリー止まり)。
実務でハーフ・ケリー以下が使われるのは、この交換比率がよいから。 「成長率の25%」という値札で、 変動・ドローダウン・推定誤差への耐性をまとめて買っている。
動かして確かめる
賭け額と成長率
賭ける割合 f と1回あたりの成長率。頂点がケリー点。 f* の2倍でゼロを切り、その先は有利な賭けなのに資金が減る領域。 点線が現在の f の位置。
同じ賭けを200回、賭け額だけ変えて実際に回した資金曲線(対数目盛)。 濃い線=ケリー、中間=ハーフ・ケリー、薄い線=2倍ケリー。 同じ勝ち負けの列を全員に使っているので、差は賭け額だけから出ている。 押すたびに乱数を引き直す。
破産確率と、ゼロに触ってはいけない理由
ケリーが f < 1 を選ぶ限り、1回で資金がゼロになることはない。
だがこれは「賭け金を失うだけ」という前提に立っている。
現実の投資には、この前提が成り立たない場面がある。
-
レバレッジと追証
信用取引では損失が投下資金を超えうる。
f > 1の領域に入っているので、ケリーの安全性は消える - ギャップ(窓開け) 逆指値を置いても、次の値がその下から始まれば約定しない。 「損切りしておけば−5%で済む」は連続的に値が付くことを仮定している
- 相関(前章) 1銘柄で5%ずつ、20銘柄に分けても、 全部が同じ方向に動けば実質的に1つの賭けに100%投じているのと同じ。 数えるべきは銘柄数でなく独立した賭けの数
フル・ケリーで運用すると、途中で資産が半分になる確率は約50%、 1/3になる確率は約33%。成長率が最大の運用は、同時にかなり荒い運用。
実際に使うときに残る問題
ここまでの理屈は数学として正しい。だが実務にそのまま持ち込めない理由がいくつかある。 正直に並べておく。
- μ が分からない これが最大の問題。f* は μ に比例するので、 期待リターンの推定誤差がそのまま賭け額の誤差になる。 しかも μ の推定には長い期間が要る (σ=20%で μ を±1%の精度で出すには数百年分のデータが要る)
- 分布が変わる ケリーは「同じ賭けの繰り返し」を前提にする。 相場の性質は変わる。過去のσで測った f* は将来には合わない
- 裾が厚い(前章) 連続版の導出はテイラー展開の2次まで。 極端な値が出る分布では近似が崩れ、f* は過大に出る
-
永久には繰り返せない
ケリーの最適性は
n→∞の話。 人間の投資期間は有限で、しかも途中で資金が要る用事が発生する - 成長率の最大化が目的とは限らない 「資産を最大化する」より「一定額を確保する」ほうが目的に合う人は多い。 その場合ケリーはそもそも解くべき問題を間違えている
これらを踏まえると、ケリーの正しい使い方は 「賭け額を決める公式」ではなく「上限を教える定規」に近い。 f* を計算して、そこから大きく離れた張り方をしていないか確認する。 特に 2f* を超えていないかは、 推定がどれだけ怪しくても確認する価値がある。
確認
期待値がプラスの賭けを、資金の割合を一定にして無限に繰り返す。 賭ける割合をケリーの2.5倍にした場合、長期的に資金はどうなるか。
成長率 g(f) は f = 2f* の手前でゼロを切る。
2.5f* では g < 0 なので、
資金は exp(g·n) に従って指数的にゼロへ向かう。
ここが直感に反するところで、
各回の賭けの期待値はプラスのままである。
期待資金 E[W] も増え続ける。
それでも典型的な結果はゼロになる。増えているのは、
ほぼ起こらない連勝の枝だけ。
「期待値がプラスなら賭けてよい」は、賭け額を決めていない。
勝率 p=0.55、勝てば賭け金と同額(b=1)、負ければ賭け金を失う。 ケリー基準はいくらか。
f* = (bp − q)/b = (1×0.55 − 0.45)/1 = 0.10。
b=1 のときは f* = p − q = 2p − 1 と簡単になる。
注目すべきは数字の小ささ。 勝率55%は、相場では極めて良い部類に入る。それでも最適な賭け額は10%で、 ハーフ・ケリーなら5%。ほとんどの人はこれより大きく張っている。 そして p の推定が実は0.52だったなら、正解は4%。 勝率3ポイントの見誤りが、賭け額を2.5倍間違えさせる。
A:1回で資産の2%を賭ける勝負を100回。 B:1回で資産の40%を賭ける勝負を5回。 どちらも1回ごとの期待値は同じでプラス。長期の資産形成として適切なのは?
ケリーの理屈は「多数回繰り返すこと」を前提に成り立つ。
(1/n)Σ log(1+f·xᵢ) → E[log(1+f·x)] の収束には n が要る。
5回では収束せず、結果はほとんど運で決まる。
さらに B は1回の賭けが大きい。
40%を賭けて負ければ資産は0.6倍になり、
取り返すには d/(1−d)(前章)で+67%が要る。
2回連続で負ければ0.36倍、必要な回復は+178%。
大きく賭けると、大数の法則が働く前に脱落する。
ただし A が無条件に良いわけでもない。 100回の取引には手数料と税金が100回分かかり、 期待値がそのコストを上回っていなければ意味がない。 回数を増やすには、1回あたりのエッジがコストより大きいことが要る。
この章のまとめ
- 期待値の最大化と、資産の最大化は別物。
繰り返して再投資するなら、決めるのは
E[log(1+f·x)] - 離散の賭けでは f* = (bp−q)/b = エッジ ÷ オッズ
- 連続なら f* = μ/σ²。
シャープ・レシオを使えば
f* = SR/σ f = 2f*あたりで成長率がゼロを切り、その先はマイナス。 期待値がプラスの賭けでも資金は減る- ハーフ・ケリーは成長率を25%落とすだけで、変動・ドローダウン・推定誤差への耐性を買える
- フル・ケリーでは途中で資産が半分になる確率が約50%ある。 成長率が最大の運用は、耐えるのが難しい運用でもある
- μ の推定誤差がそのまま f* の誤差になる。 ケリーは公式というより上限を測る定規として使う
- 買値が5%違うことより、賭け額が5%か50%かのほうが結果への効き方が大きい