商品の中身
「株を買う」「投信を買う」と言うとき、実際に何を手に入れているのか。
投資商品は、名前で分類されている。だが名前は中身を説明しない。 この章では商品ごとに何に対する権利なのか、 収益はどこから来るのか、価格は何で決まるのかを分解する。
最初に全体の見取り図を出しておく。 この表の「収益の源泉」の列が、商品の性質をほぼ決めている。
商品を分けているのは名前ではなく、 保有しているだけでキャッシュフローが生まれるかどうかである。 ここが割れると、割安・割高を測る物差しそのものが使えなくなる
| 商品 | 持っているもの | 収益の源泉 |
|---|---|---|
| 株式 | 会社に対する持分 | 会社が生む将来のキャッシュフロー |
| 債券 | 発行体への貸付債権 | 約束されたクーポンと元本 |
| 投資信託 | 信託財産の受益権 | 組入資産の収益(マイナスの費用) |
| ETF | 同上(上場している) | 同上 |
| REIT | 不動産を持つ法人の持分 | 賃料収入と物件の値動き |
| コモディティ | 現物または先物の権利 | 需給による価格差(+先物の限月構造) |
| 暗号資産 | 台帳上の記録 | 誰かがより高く買うこと |
最後の行だけ性質が違う。これは煽りではなく、後で理由を式で示す。
表の並びを、期待リターンと振れ幅の大小として置いたもの。 この図の数値は実測ではなく、順序を示すための目安(架空) —— 実際の値は時期と対象で大きく動くので、 棒の長さそのものではなく並び順と、2本の比を見る。 上にいくほど振れ幅が大きい。 いちばん下の暗号資産だけ期待リターンの棒を描いていないのは、 値が小さいからではなく定義できないからで、 理由は後段の「割引現在価値が定義できない」で扱う。
株式——何に対する権利か
株主が持つのは、会社法が定める3つの基本的な権利。 ここを押さえておくと、株主優待や配当の話が整理される。
- 議決権(共益権) 株主総会で議案に投票する権利。 取締役の選任・解任、定款変更、合併などを決める。 会社の意思決定に参加する権利であって、 お金を受け取る権利ではない
- 剰余金配当請求権(自益権) 会社が配当を出すと決めたときに受け取る権利。 重要なのは「出すと決めたとき」であること。 利益が出ていても配当を出さない自由が会社にはある。 債券の利息と決定的に違うのがここ
- 残余財産分配請求権(自益権) 会社を清算したとき、 債権者に全部払ったあとに残ったものを受け取る権利。 「残余」という語が示す通り、株主は最後に並ぶ
3番目が株式のリスクの正体を決めている。 株主は請求権の順位が最下位。 銀行、社債権者、取引先、従業員——全員に払い終えて、 残っていれば受け取れる。残っていなければゼロ。
この順位が、なぜ株式のほうが債券より期待リターンが高いのかを説明している。 後ろに並ぶ分だけ、上乗せがなければ誰も引き受けない。 株式の期待リターンが債券を上回るとされる根拠はここにあり、 「株のほうが儲かるから」ではない。
配当を出すか再投資するかは、株価の正体で見た通り 根っこでは同じ——どちらも株主に帰属する現金の行き先の違いにすぎない。 判断基準は、会社が投じたお金を r(要求利回り)より高く回せるかどうか。
債券——なぜ金利が上がると価格が下がるのか
債券は貸付債権。持っている間、決められた日に決められた額を受け取る。 株式と違い、受け取る額が最初から決まっているのが本質。
債券の構成要素
- 額面(額面金額)償還日に返ってくる金額。100円単位で表記されることが多い
- クーポン(表面利率)額面に対して毎年(多くは半年ごとに)支払われる利息の率。発行時に決まって動かない
- 償還日(満期)額面が返ってくる日
- 利回り今の価格で買って満期まで持ったときの、実際の年利回り。これは市場で毎日動く
混同しやすいのがクーポンと利回り。 クーポンは契約で固定、利回りは価格から逆算される市場の数字。 この2つが別物であることが、価格変動の原因そのもの。
価格が下がる理由を導く
債券の価格は、将来受け取る現金を割り引いて足したもの。 株価の正体で使った割引現在価値が、そのまま使える。 むしろ債券のほうが素直——受け取る額が確定しているので、 不確かなのは割引率だけ。
C はクーポン、F は額面、y は市場利回り、n は残存年数。 ここから結論はすぐ出る。
- 分子(C と F)は契約で固定されていて動かない
- 市場金利が上がると y が上がる
- y は分母にあるので、分母が大きくなる
- 分子が固定で分母が増えれば、P は必ず下がる
直感で確かめる
クーポン1%、額面100円、残り5年の債券を持っているとする。 ここで新発債のクーポンが3%になった。
新しく買う人は、同じ100円で年3円もらえる債券を選べる。 年1円しかもらえない自分の債券は、100円では誰も買わない。 年3円相当の利回りになるところまで価格が下がって、初めて売れる。
つまり価格の下落は、クーポンの不足分を値引きで補っている。 これが債券価格と金利が逆に動く仕組みの中身。
デュレーション——なぜ長いほど大きく動くのか
同じ1%の金利上昇でも、残存30年の債券は残存2年の債券よりずっと大きく下がる。 この感応度を測る道具がデュレーション。
デュレーションには2つの意味があり、混ざりやすいので分けて書く。
これはキャッシュフローを受け取る時期の加重平均。 重みは現在価値の大きさ。単位は「年」。 お金が返ってくるまでの平均的な待ち時間と読める。
こちらが実務で使うほう。 修正デュレーションが7なら、金利が1%上がると価格は約7%下がる。
なぜ長いほど感応度が高いのか、式から出す
価格 P = Σ CF_t /(1+y)^t を y で微分する。
- 各項
CF_t (1+y)^(−t)を微分すると−t · CF_t (1+y)^(−t−1) - 足し合わせると
dP/dy = −(1/(1+y)) · Σ t · CF_t/(1+y)^t - 両辺を P で割ると
(dP/dy)/P = −(1/(1+y)) · Σ t · [CF_t/(1+y)^t] / P - 右の Σ の部分はマコーレー・デュレーション D そのもの
- よって
(ΔP/P) ≈ −D/(1+y) × Δy = −D_mod × Δy
2番目の式に t が掛かっているのが答え。 遠い将来のキャッシュフローほど、t の分だけ大きく効く。 だからキャッシュフローが遠くにあるほど(=残存が長い、クーポンが低い) デュレーションが伸び、金利感応度が上がる。
なおクーポンが低いほどデュレーションが長くなるのは、 受け取りの重心が償還時の元本に寄るから。 極端な例が割引債(ゼロクーポン債)で、 受け取りが償還時の1回だけなので デュレーション=残存年数にちょうど一致する。
動かして確かめる
債券の価格・利回り・デュレーション
受け取るキャッシュフロー(濃い色=償還時の元本)
各キャッシュフローが現在価値に占める割合。 この帯の重心がデュレーション。
利回りを動かしたときの価格。 直線ではなく下に凸の曲線になっている点に注目。
曲線が反っていることをコンベクシティ(凸性)という。 デュレーションは曲線の接線の傾きなので、 大きく金利が動くと誤差が出る。 しかも誤差の出方は投資家に有利な方向—— 金利低下時の値上がりのほうが、金利上昇時の値下がりより大きい。 上の曲線で、左端の伸び方と右端の落ち方を比べると分かる。
債券のリスクは金利だけではない
- 信用リスク(デフォルトリスク) 発行体が約束通り払えなくなるリスク。 国債より社債の利回りが高いのは、この上乗せ(信用スプレッド)があるため。 格付が下がるとスプレッドが広がり、価格が下がる。 金利が動いていなくても値下がりしうるのはこの経路
- 流動性リスク 売りたいときに買い手がいない。 社債は株式より取引が薄く、危機時にはさらに薄くなる
- インフレリスク 受け取る額が名目で固定されているので、 物価が上がると実質価値が目減りする。 債券の最大の弱点はここで、株式(値上げできる)と対照的
- 再投資リスク 受け取ったクーポンを何%で再運用できるかは分からない。 「利回り」の計算は同じ利回りで再投資できる前提を置いている
投資信託——基準価額とコスト
投資信託は、集めた資金をまとめて運用し、 持分に応じて損益を配分する仕組み。買っているのは信託財産の受益権。
基準価額の決まり方
純資産総額は、組入資産の時価から負債と未払いの費用を引いたもの。 1万口あたりで表示するのが慣行。ここから2つの重要な性質が出る。
- 基準価額は1日1回しか計算されない。 組入資産の終値が確定してから算出されるため、 注文時点では自分がいくらで買えるか分からない(ブラインド方式)
- 信託報酬は基準価額から日々差し引かれている。 別途請求されるのではなく、毎日の計算に織り込まれる。 だから明細に出てこないが、確実に引かれている
3つのコスト
| 費用 | いつ | 誰に | 性質 |
|---|---|---|---|
| 購入時手数料 | 買うとき1回 | 販売会社 | ゼロのもの(ノーロード)が増えている |
| 信託報酬 (運用管理費用) | 保有期間中、毎日 | 運用会社・販売会社・受託会社の3者で分ける | 最も効くコスト。年率で表示され、日割りで基準価額から引かれる |
| 信託財産留保額 | 解約するとき | 信託財産に残る | 会社の収益ではない。解約者が売却コストを負担し、残る受益者に迷惑をかけない仕組み |
信託財産留保額だけ性質が違う点は押さえておく価値がある。 これは誰かの取り分ではなく、ファンドの中に残る。 解約に応じて資産を売れば売買コストがかかり、 それを残った受益者が被るのは不公平——という考えから来ている。 「手数料が高い」と単純に判断すべきものではない。
保有年数で内訳が入れ替わる
3つのコストはかかる回数が違う。 購入時手数料と信託財産留保額は1回きり、信託報酬は毎日。 だから保有年数を変えると、内訳の形が変わる。
コストを置いてみる(架空のファンド)
保有年数ごとの、負担するコストの合計とその内訳 (架空の数値。上のスライダーで動かせる)。 1年で解約すると購入時手数料と信託財産留保額が目立つが、 年数が伸びると信託報酬と隠れコストが全体を埋めていく。 隠れコスト(売買委託手数料・監査費用・保管費用など)は 目論見書の信託報酬に含まれないので、 薄い色の部分は買う前には見えていない。
同じものを合計額で見たもの。100万円を預けたときに、 何年でいくら払うか。1回きりの費用より、 毎年かかる費用のほうが先に効いてくるのが分かる。
インデックスとアクティブ
インデックスファンドは指数に連動することを目指す。 アクティブファンドはそれ以外——指数を上回ることを目指す。
日本ではインデックス志向が急速に強まっており、 2026年6月末時点で、公募株式投信の純資産総額343.1兆円のうち インデックス型が222.8兆円(64.9%)を占める。
なぜ多くのアクティブファンドは費用差し引き後に負けるのか
これは実証以前に、算術から出てくる部分がある。 William Sharpe が1991年に "The Arithmetic of Active Management"(Financial Analysts Journal, Vol.47, No.1) で示した議論で、前提が少ないぶん強い。
- 市場全体は、パッシブ投資家とアクティブ投資家が保有する分の合計である
- パッシブ投資家は市場全体と同じ構成を持つので、 費用控除前のリターンは市場平均に一致する
- 市場全体のリターンは、両者の加重平均である
- したがってアクティブ投資家の加重平均も、 費用控除前では市場平均にちょうど一致する—— 誰かが勝てば誰かが同じだけ負けるため
- アクティブ運用のほうが費用が高い
- よって費用控除後では、アクティブ投資家の平均は必ずパッシブに負ける
この議論の強さと弱さを両方押さえておく。
強い点:市場の効率性を仮定していない。 市場がどれだけ非効率でも、上の算術は成り立つ。 「相場が読めればアクティブが勝てる」という反論は、この議論には効かない—— 誰かが読み勝てば、その相手は読み負けているから。
弱い点:これは平均についての主張であって、 個々のファンドの話ではない。上位の一部が勝ち続ける可能性を否定していない。 また「市場全体」の定義に含まれない参加者 (指数に含まれない銘柄を持つ投資家など)がいると、厳密には成り立たない。
実証はどうなっているか
代表的なのが S&P Dow Jones Indices のSPIVAスコアカード。 アクティブファンドのリターンをベンチマークと比較し、 下回った割合を国・カテゴリ・期間別に公表している。
SPIVA の方法論で重要なのは次の3点。ここを知らないと結果を誤読する。
- 生存バイアスを補正している 成績不振で償還・併合されたファンドを除外すると、 生き残った分だけ成績がよく見える。 SPIVA は期間中に消滅したファンドも母集団に含めて計算する。 この補正がないと、アクティブの成績は実際より良く出る
- 費用控除後で比較している 投資家が実際に手にする数字で比べる
- 等加重と資産加重を分けて出している ファンド1本ずつを平等に数えるか、 資産額で重み付けするかで結果が変わる。 大型ファンドが健闘していれば、資産加重のほうが良く出る
数値の扱いについて正直に書いておく。 SPIVA の具体的な数値(何%が下回ったか)は、 対象期間・カテゴリ・年度ごとに大きく変動する。 たとえば日本の大型株カテゴリでは、 長期(10年以上)では下回った割合が高い一方、 単年では過半数が上回った年もある。
確かなのは方向性のほう。 期間が長くなるほど、ベンチマークを下回るファンドの割合は上がる—— これは Sharpe の算術が予測する通りの結果で、 SPIVA が各国・各期間で一貫して示している傾向でもある。
ETF——なぜ基準価額に近い値段で買えるのか
ETFは上場している投資信託。株と同じように売買できる。 すると当然の疑問が出る—— 市場価格は需給で決まるのに、なぜ中身の価値から離れないのか。
答えは市場の構造で見た裁定取引。 ただしETFには、裁定を可能にする専用の仕組みがある。
設定・交換(creation / redemption)
指定参加者(Authorized Participant、AP)と呼ばれる大口の証券会社が、 ETFの受益権と組入資産のバスケットを交換できる。
- 設定(creation) APが組入銘柄のバスケットを運用会社に差し入れ、 新しいETF受益権を受け取る。ETFの口数が増える
- 交換(redemption) APがETF受益権を運用会社に差し入れ、 組入銘柄のバスケットを受け取る。ETFの口数が減る
この2つがあると、乖離が自動的に潰される。
- ETF価格 > 基準価額(割高)のとき—— APは市場で組入銘柄を買い集め、設定でETFを作り、市場で売る。 差額が利益になる
- この取引は組入銘柄を買い(押し上げ)、ETFを売る(押し下げ)ので、 乖離が縮む
- ETF価格 < 基準価額(割安)のときは逆—— 市場でETFを買い、交換でバスケットを受け取り、市場で売る
- これもETFを買い(押し上げ)、組入銘柄を売る(押し下げ)ので乖離が縮む
- APは利益を狙って動いているだけだが、結果として価格が揃う
重要なのは、運用会社がETFの価格を調整しているのではないということ。 APが自分の利益のために動いた副産物として、価格が基準価額に収束する。
ETF価格が基準価額より高いときの一周 (割安のときは、すべての矢印が逆に回る)。 指定参加者は現物バスケットを買い集め、 運用会社に差し入れて受益証券を受け取り、それを市場で売る。 緑がその流れ。 この一周で組入銘柄は買われて上がり、ETFは売られて下がる —— 赤の2本が価格に効いている向きで、これが乖離を潰す力。 APが見ているのは差額の利益だけで、 価格を揃えるのは意図ではなく結果。
では、どういうときに乖離するのか
裁定に頼っている以上、裁定が働きにくくなれば乖離する。 前章の「裁定の限界」がそのまま当てはまる。
- 組入資産の市場が閉まっている 海外資産に投資するETFを日本時間に売買すると、 現地市場は閉まっている。 基準価額は前日終値ベース、ETF価格は今の見通しを反映するので、 両者はずれて当然。この乖離は誤りではなく、 むしろETF価格のほうが新しい情報を持っている
- 組入資産の流動性が低い 新興国株、ハイイールド債、小型株など。 APがバスケットを組成するコストが高く、 そのコスト以下の乖離は放置される
- 市場が混乱している 組入資産の取引が止まる、値が付かない、 APがリスクを取りたがらない。 最も乖離してほしくない局面で最も乖離しやすい
- そもそも裁定が制度的にできない 組入資産の外国人保有規制などで、 APがバスケットを自由に組めないケース。 この場合、乖離は恒常的に残りうる
ETFで見るべき数字は信託報酬だけではない。 売買時のスプレッド、基準価額との乖離率、そして トラッキングエラー(指数との連動のずれ)を合わせて見る。 信託報酬が0.05%安くても、スプレッドが0.3%広ければ、 短期で売買する限り差は逆転する。
REIT——何に投資しているのか
REIT(不動産投資信託)が投資しているのは不動産そのもので、 不動産会社の株ではない。日本のJ-REITは投資法人という会社形態を取り、 投資家は投資口(株式に相当)を持つ。
なぜ分配金利回りが高いのか
J-REITの分配金利回りが株式の配当利回りより高いのには、税制上の理由がある。
- 通常の法人は、利益に法人税を払ってから配当を出す。 受け取った株主も課税されるので、二重課税になる
- 投資法人は、一定の要件(配当可能利益の90%超を分配するなど)を満たすと、 分配金を損金に算入できる
- 損金算入されると法人段階の課税がほぼ消えるので、二重課税が回避される
- ただしそのためには利益のほとんどを分配し続けなければならない
ここから重要な帰結が出る。 J-REITは利益を内部留保できない。 だから成長するには外部から資金を調達するしかない—— 増資(投資口の追加発行)か借入れ。
この構造が、REITの2つの弱点を作っている。
金利感応度が高い——借入れに依存するので、 金利上昇が直接コストを押し上げる。 加えて分配金利回りが債券利回りと比較されるため、 金利が上がると相対的な魅力が落ちる。 2つの経路で同時に効く。
増資による希薄化——物件を買うたびに投資口が増える。 買った物件の利回りが既存より低ければ、 1口あたりの分配金は減る。規模拡大が価値向上とは限らない。
分配金の性質に注意する
REITの分配金には、賃料収入から出る部分のほかに 減価償却費に由来する部分が含まれることがある。 減価償却は現金支出を伴わない費用なので、 利益より手元現金のほうが多くなり、その分を分配できる。
これは利益超過分配と呼ばれ、 実質的に投資元本の払い戻しに近い性格を持つ。 利回りが高く見えても、中身が元本の払い戻しなら話が違う。
コモディティ——なぜ現物価格と連動しないのか
金、原油、穀物などのコモディティに投資する商品の多くは、 現物ではなく先物で運用している。保管できない・保管費が高いため。
ここで問題が起きる。先物には満期があるので、 持ち続けるには期限が来る前に次の限月に乗り換える必要がある(ロール)。 この乗り換えのたびに、損益が発生する。
コンタンゴとバックワーデーション
| コンタンゴ | バックワーデーション | |
|---|---|---|
| 限月構造 | 期先のほうが高い | 期先のほうが安い |
| ロールすると | 安く売って高く買う → 損 | 高く売って安く買う → 得 |
| ロール収益 | マイナス(ロールコスト) | プラス(ロールリターン) |
| 典型的な要因 | 保管費・金利。保管が高くつく商品ほどなりやすい | 現物が逼迫。今すぐ現物が欲しい需要が強い |
コンタンゴでの目減り
期近が100、3か月先が103だとする(コンタンゴ)。 限月交代でロールすると、100で売って103で買うことになる。 持っている枚数が減る(同じ金額で買えるのは 100/103 ≒ 0.971枚)。
現物価格が3か月後もちょうど100のままだったとすると、 現物は横ばいなのに、投資家の資産は約2.9%減っている。 これを年4回繰り返せば、年間で1割以上が消える。
これは手数料でも運用の失敗でもなく、先物の構造そのものから出る。 商品先物型のETFが長期で現物価格から離れていくのは、この積み重ねによる。
だから「金価格に連動」とうたう商品でも、 長期保有すると金価格と一致しないことがある。 現物の裏付けを持つ商品(金地金を保管するタイプ)は この問題を持たないが、保管費が信託報酬に乗る。 どちらの形式かを確認してから買うのが要点。
さらに根本的な点。コモディティはキャッシュフローを生まない。 金は配当を出さないし、原油は利息を払わない。 収益は価格差だけから来る。 これが次の話につながる。
暗号資産——株式との根本的な違い
ここは価値判断ではなく、評価の枠組みが定義できるかどうかの話として書く。
割引現在価値が定義できない
株価の正体で見た通り、 株式の価値は将来のキャッシュフローの割引現在価値として定義された。
この式に暗号資産を入れようとすると、分子が定義できない。
- 株式の CFt は、会社が事業で生む現金。 持っているだけで発生する
- 債券の CFt は、契約で決まったクーポンと元本
- 不動産の CFt は、賃料
- 暗号資産を持っていて発生する CFt はゼロ—— 誰かに売るまで、一切の現金は生まれない
- したがってこの枠組みでは価値がゼロと出るか、 あるいは枠組み自体が適用できない
これは「暗号資産の価値がゼロだ」という主張ではない。 この道具では測れないという意味。 道具が使えないことと、対象に価値がないことは別。
ではどう評価するのか
キャッシュフローがない資産の価格を説明しようとする試みはある。 いずれも株式のDCFのような合意された枠組みには至っていない。
- 需給と発行量 供給が制限されていることを根拠にする議論。 ただし供給が有限であることは、需要が続くことを保証しない。 希少なだけで価値があるなら、あらゆる限定品が値上がりするはず
- ネットワーク効果 使う人が増えるほど有用性が増すという議論。 測る指標(アクティブアドレス数など)はあるが、 指標と価格を結ぶ理論が確立していない
- 他の非キャッシュフロー資産との類推 金と比較する議論。 ただし金には数千年の受容の歴史と工業用途があり、 類推が成り立つかどうか自体が争点
誠実に書くなら、ここは決着していない領域。 「無価値だ」と断じるのも「デジタルゴールドだ」と断じるのも、 現時点では根拠が同程度に薄い。
本章で確実に言えるのは1点だけ。 株式・債券・不動産に使う評価の道具は、 キャッシュフローを生まない資産には適用できない。 だから同じ物差しで「割安・割高」を論じることができない。 買うなとは言わないが、使っている道具が違うことは意識しておく。
確認
残存30年・クーポン0.5%の国債と、残存3年・クーポン0.5%の国債を持っている。 市場金利が1%上昇した。どちらがどれくらい影響を受けるか。
価格変化は ΔP/P ≈ −D_mod × Δy。
つまりデュレーションにほぼ比例する。
クーポンが低いと受け取りの重心が償還時の元本に寄るので、
デュレーションは残存年数に近くなる。
市場利回り1%のとき、3年債のデュレーションは約3.0、
30年債は約27.7。
金利1%上昇での実際の下落は、3年債が約2.9%、
30年債が約23.8%で、8倍以上の差になる。
「同じ国債」でも残存が違えば別の商品と考えたほうがよい。
なお実際には30年債は下落幅が大きいぶんコンベクシティの効果も大きく、
直線近似より下落は小さめに出る。
「アクティブファンドの大半がインデックスに負ける」ことの、 最も強い理由は次のどれか。
Sharpe(1991)の「アクティブ運用の算術」。 市場はパッシブとアクティブの保有の合計で、 パッシブは定義上市場平均に一致する。 よってアクティブ全体の加重平均も費用控除前では市場平均にちょうど等しい—— 誰かが勝てば誰かが同じだけ負けるため。 あとは費用の差だけが残る。 この議論は市場の効率性を仮定していない点が重要で、 だから2番は理由として弱い(市場が非効率でも結論は変わらない)。 1番も誤り——全員が優秀でも、平均が市場を上回ることは算術的にありえない。 4番は実際のコストではあるが、副次的。 なおこれは平均の話で、 個別のファンドが勝ち続ける可能性を否定するものではない。
原油価格に連動するETFを1年持った。 原油の現物価格は1年前とほぼ同じ水準に戻ったのに、 ETFの価格は15%下がっていた。何が起きたか。
商品ETFの多くは現物ではなく先物を保有している。 先物には満期があるため、期限前に次の限月へ乗り換える(ロール)必要がある。 期先のほうが高い状態(コンタンゴ)では、 安い期近を売って高い期先を買うことになり、 乗り換えのたびに保有できる枚数が減る。 年に数回繰り返せば、現物価格が横ばいでも1割以上目減りしうる。 これは手数料でも運用ミスでもなく、先物の構造から出る。 3番の為替も実際には効きうるが、 現物価格が「同じ水準に戻った」という前提の下で 構造的に説明できるのはコンタンゴのほう。 現物の裏付けを持つ商品(金地金型など)にはこの問題がない。
この章のまとめ
- 株主が持つのは議決権・配当請求権・残余財産分配権。 請求権の順位が最下位であることが、 株式のリスクと期待リターンの高さを説明している
- 債券は分子(クーポン・額面)が固定で分母(利回り)が動くので、 金利が上がれば価格は必ず下がる
- デュレーションは受け取りの重心であり、同時に金利感応度。 微分すると t が掛かるので、 キャッシュフローが遠いほど大きく動く
- 投信のコストで最も効くのは毎日引かれる信託報酬。 信託財産留保額だけは誰の収益でもなくファンドに残る
- アクティブ運用が平均で負けるのは算術の帰結であって、 市場が効率的だからではない(Sharpe 1991)
- ETFが基準価額に近く保たれるのは、 指定参加者の設定・交換を通じた裁定による。 裁定が働きにくい局面で乖離する
- REITは利益を内部留保できないので外部調達に依存する。 金利上昇がコストと相対的魅力の2経路で効く
- 先物型コモディティはコンタンゴのとき、 現物が横ばいでも目減りする
- 暗号資産は保有によるキャッシュフローがないため、 割引現在価値の枠組みが適用できない。 価値がないという意味ではなく、同じ物差しで測れないという意味