財務3表の構造

なぜ表が3つ要るのか。1つでは足りない理由から始める。

決算書は3つある。貸借対照表・損益計算書・キャッシュ・フロー計算書。 これは「3種類の資料がある」のではなく、 1つの実体を3方向から測った結果で、互いに数式で縛られている。 縛られているから、どこか1箇所を都合よく書き換えると別の場所が合わなくなる。

この章では仕組みのほうをやる。 なぜ会計はこういう形をしているのか、3表はどの式で噛み合っているのか。 実際の決算短信をどの順に開いてどこで異常を見つけるかは 決算書を読むで扱う。 仕組みを先にやるのは、手順だけ覚えると 手順から外れた決算に出会ったときに何もできなくなるから。

PLもCFも、独立した表ではない。BSのたった2行を期首から期末まで追いかけた明細書である。 純資産にPLが刺さり、現金にCFが刺さる。3表が噛み合う理由はこの2本だけ

なぜ表が3つ要るのか

会社について知りたいことは、突き詰めると2つしかない。 今どういう状態かと、この期間に何が起きたか。 前者はストック、後者はフローと呼ぶ。

貸借対照表(BS)はストックを測る。 3月31日という一瞬を切り取って、何を持ち、誰に返す義務があるかを並べる。 損益計算書(PL)とキャッシュ・フロー計算書(CF)はフローを測る。 4月1日から3月31日までの期間に何が動いたかを並べる。

表測るもの時間答える問い
BSストック一瞬(期末時点)今いくら持っていて、いくら返す義務があるか
PLフロー期間この1年で価値をいくら生んだか
CFフロー期間この1年で現金がいくら動いたか

ストックだけでは足りない

BSだけを見ても、その会社が優れているのか運がよかったのかが分からない。 純資産500億の会社が2社あったとして、片方は毎年50億ずつ稼いで積み上げた500億、 もう片方は創業時に株主が出した500億かもしれない。 資産の量は業績ではない。どう増えたかを見ないと能力は測れない。

フローだけでも足りない

逆にPLだけを見ても、その利益がどれだけの資産を使って生んだかが分からない。 利益10億は、総資産50億で稼いだなら優秀、総資産5000億で稼いだなら悲惨。 株価の正体で出てきたROEやROICが PLとBSを割り算した形になっているのは、この2つを突き合わせないと 効率が測れないから。

ではなぜフローの表が2つあるのか

ここが本題。PLとCFはどちらも期間のフローを測るのに、別々の表になっている。 理由は利益と現金が一致しないからで、 しかも一致しないのは事故ではなく設計による。

同じ1年、違う2つの答え

3月20日に1億円の機械を納品し、代金の入金は6月末という契約を結んだ。 仕入原価は6000万で、こちらは2月に現金で払い済み。決算日は3月31日。

  • PLの答え:売上1億、原価6000万、利益4000万
  • CFの答え:入ってきた現金0、出た現金6000万、 収支−6000万

どちらも正しい。問いが違う。 PLは「この1年でいくら価値を生んだか」に答え、 CFは「この1年で財布がどう動いたか」に答えている。 1つの表にまとめようとすると、どちらかの問いを捨てることになる。

よくある誤解 利益と現金がずれているのは、会計がややこしいから/どこかで操作しているから
実際 ずれるように作ってある。ずれの理由を説明できるかが問題で、ずれ自体は正常

複式簿記の原理

3表が噛み合う理由は、もっと下の層にある。複式簿記という記録方式。

発想は単純で、お金には必ず出所と使い道があるというだけ。 100万円が手元にあるなら、それは誰かから借りたか、誰かが出資したか、 自分で稼いだかのいずれか。出所のない金は存在しない。 だから1つの取引を記録するとき、必ず2箇所に書く。

貸借対照表等式 資産 = 負債 + 純資産

これは「だいたい合う」経験則ではなく、定義上いつでも成り立つ恒等式。 なぜそう言えるかを出す。

  1. 左辺の資産は「会社が持っているもの」の一覧。 現金・売掛金・在庫・機械など、使い道の側から見た金額
  2. 右辺の負債は「他人から来た分で、返す義務があるもの」
  3. 右辺の純資産は、そこから定義される。 持っているものから返す義務を引いた残り、つまり 純資産 ≡ 資産 − 負債
  4. 3を移項すれば 資産 = 負債 + 純資産。 純資産が差額として定義されている以上、等式は破れようがない

つまり左辺と右辺は同じ金額を2回、別の切り口で書いている。 左は「何に化けているか」、右は「どこから来たか」。 だから一致するのは発見ではなく、書き方の帰結。 一致しないなら、それは会社の異常ではなく記帳のミス。

架空の会社のBSを、左右2本の帯で並べたもの。 上の帯は何に化けているか、下の帯はどこから来たか。 2本の長さが同じなのは偶然ではなく、 純資産を差額として定義したことの帰結。 純資産の幅は資産の帯から負債の帯を引いた残りとして計算している。

取引を2箇所に書くとどうなるか

恒等式が壊れないことを、取引ごとに確かめる。 どの取引も左辺と右辺を同じだけ動かすか、 片側の中で振り替えるだけのどちらかにしかならない。

取引1箇所目2箇所目等式への効き方
銀行から400万借りる 現金 +400(資産) 借入金 +400(負債) 左右が同額増える
在庫を200万分、掛けで仕入れる 棚卸資産 +200(資産) 買掛金 +200(負債) 左右が同額増える
買掛金200万を現金で払う 現金 −200(資産) 買掛金 −200(負債) 左右が同額減る
500万の設備を現金で買う 有形固定資産 +500(資産) 現金 −500(資産) 左辺の中で振替、合計は不変
掛けで300万売る(原価120万) 売掛金 +300、棚卸資産 −120(資産) 利益剰余金 +180(純資産) 左右が同額増える
減価償却100万 減価償却累計額 −100(資産の控除) 利益剰余金 −100(純資産) 左右が同額減る

注目すべきは下2行。PLに出てくる項目(売上・原価・減価償却)が、 BSの純資産を動かす形で記録されている。 売上も費用も、実体は純資産の増減。 PLはその増減を「どんな理由で増えたか/減ったか」に分解して並べた明細書にすぎない。

PLは純資産の増減明細である、という見方

極端に言えば、PLがなくてもBSを2期分並べれば利益は出せる。 純資産が期首500億から期末560億に増えていて、 増資も配当もなかったなら、稼いだ利益は60億。これで済む。

それでもPLを作るのは、60億という数字だけでは次の期を予測できないから。 本業の売上で増えた60億と、土地を売って増えた60億では、 来期の意味がまったく違う。PLは 純資産の増減を、繰り返すものと繰り返さないものに仕分けるために存在する。

だから日本基準のPLが売上総利益・営業利益・経常利益・税引前・当期純利益と 段階を刻んでいるのには理由がある。上の段ほど本業に近く、 下の段ほど一過性のものが混ざる。段階が刻まれていること自体が、 「どこまでが繰り返すか」という情報になっている。

3表の連結(アーティキュレーション)

ここまでで、PLはBSの純資産とつながっていることが分かった。 同じことがCFとBSの現金の間にも成り立つ。 この2本をアーティキュレーション(連結)と呼ぶ。 3表が独立に書けない理由は、この2本に集約される。

1本目:PL と BS をつなぐ 期末純資産 = 期首純資産 + 当期純利益 − 配当 + 増資等
2本目:CF と BS をつなぐ 期末現金 = 期首現金 + 営業CF + 投資CF + 財務CF

2本目はCF計算書の様式そのもので、末尾は 「現金及び現金同等物の増加額 → 期首残高 → 期末残高」で終わるように決まっている。 CF計算書は、BSの現金という1行がどう動いたかの明細書だと考えるとよい。

1本目も同じ構造で、PLは純資産という1行がどう動いたかの明細書。 両方とも「BSの特定の行を、期首から期末まで追いかけた記録」になっている。 これが3表の関係の全体像。

3表の噛み合い方。BSの2つの行だけが外とつながっている—— 純資産にPLが刺さり、現金にCFが刺さる。 2本の矢印が、上に書いた2本の恒等式そのもの。 PLとCFの間に直接の矢印がないことに注意する。 両者はBSを経由してしか関係しない。

営業CFはなぜあの形をしているのか

CF計算書の営業CFには2つの作り方がある。 入出金を直接集計する直接法と、 利益から出発して現金に引き戻す間接法。 基準はどちらも認めているが、実際に使われているのはほぼ間接法。

間接法の式は暗記するものではなく、1行ずつ理由から出せる。 出発点は「利益は正しい。ただし現金の話をしていない」という認識で、 利益に混ざっている非現金の分を打ち消していく作業になる。

  1. まず当期純利益を置く。これは 「収益 − 費用」であって「入金 − 出金」ではない
  2. + 減価償却費。費用として利益を減らしたが、 現金は出ていない。現金の話に戻すには足し戻す
  3. − 売上債権の増加。売上として利益を増やしたが、 増えた分だけ入金が来ていない。増加額を引く
  4. − 棚卸資産の増加。仕入で現金は出たのに、 売れていないので費用になっていない。利益は減っていないが現金は減った。引く
  5. + 仕入債務の増加。費用にはしたが、 まだ払っていない。現金は減っていないので足し戻す

符号の決め方は結局1つの規則に還元できる。

符号の規則 営業資産が増えたら 引く / 営業負債が増えたら 足す
  1. 売掛金・在庫のような営業資産が増えるとは、 現金が「まだ現金でない形」に化けたということ。手元の現金はその分少ない
  2. 買掛金のような営業負債が増えるとは、 払うべき現金をまだ払っていないということ。手元の現金はその分多い
  3. 減価償却も同じ規則で説明できる。 減価償却は資産を減らす操作なので、規則に従えば足す側
  4. だから覚えるべきは 資産の増加は現金を食い、負債の増加は現金を残すの1行だけ

間接法を1行ずつ積んだところ(架空の数値・単位は百万円)。 各段はその行までの累計を表す。 緑は現金を足す向き、赤は食う向き。 純利益から出発して、 資産の増加で下がり、負債の増加と減価償却で戻るのが形で見える。

動かして確かめる

取引を1つ選ぶと、BS・PL・CFの3つが同時に動く。 直前の取引で動いた行が色付きになるので、 1つの取引が必ず2箇所以上に効くことが見える。 下の3本の恒等式は、どの順にどれだけ押しても崩れない。

取引を選ぶと、ここに仕訳の内訳が出る。

貸借対照表(期末時点)
損益計算書(期首からの累計)
キャッシュ・フロー計算書

単位は万円。期首は現金1000・資本金1000のみ。 CFの各行は営業CFへの寄与額をそのまま表示している。 売掛金が増えた期はその行がマイナスに、減った期はプラスになる —— 上で導いた「資産の増加は現金を食う」がそのまま符号に出る。

試してほしい順番がある。「在庫を仕入れる」→「売上を計上」と押すと、 PLの利益がプラスなのに営業CFがマイナスのまま動かない。 そこで「代金を回収」を押すと、初めて営業CFが動く。 黒字なのに現金が増えないという状態が、 どの行に溜まっているかがそのまま見える。

発生主義はなぜあるのか

利益と現金がずれる元凶は発生主義にある。 現金が動いた時点で記録するのが現金主義、 経済的な事象が起きた時点で記録するのが発生主義。 会計は発生主義を採る。理由は現金主義が使い物にならないから。

現金主義だとどうなるか

3月に1億円の受注をこなし、代金の入金が4月。 原価6000万は3月に払い済み。決算は3月末。

  • 現金主義:3月期は6000万の赤字、 4月期は1億の黒字
  • 発生主義:3月期に売上1億・原価6000万で 4000万の黒字、4月期は0

現金主義の答えでは、この会社が儲かる商売をしているのかどうかが分からない。 入金日をずらすだけで各期の損益が変わってしまうので、 期をまたいだ比較も、他社との比較もできない。

発生主義が解こうとしているのは費用収益対応の原則という問題。 ある収益を生むために使ったコストは、 その収益と同じ期に費用として並べる。 並べて初めて「この商売は儲かっているのか」が測れる。 在庫を仕入れた時点では費用にせず、売れた時点で売上原価に振り替えるのも、 減価償却で設備の支出を使用期間に配るのも、すべてこの原則から出ている。

解いた問題と、作った問題

ただし発生主義には代償がある。 「経済的な事象が起きた時点」を決めるには判断が要る。 判断が要るということは、幅があるということ。

よくある誤解 利益は計算結果なので、正しい値が1つに決まる
実際 同じ実態から、基準に従ったまま複数の利益が出せる。範囲があり、その中のどこを採るかは会社が決める

現金主義は使えないが操作しにくい。 発生主義は使えるが操作の余地がある。 会計はこのトレードオフの上で発生主義を選び、 その代わりにCF計算書を別に作らせることで 現金主義の情報も残した。3表あるのはこの妥協の結果でもある。

減価償却の本質

減価償却は3表の噛み合いが一番よく見える項目なので、単独で扱う。

500万の機械を買って5年使うとする。 現金が出るのは買った年に1回、500万だけ。 それ以降、この機械のために現金は1円も出ていかない。 にもかかわらず、PLには5年にわたって毎年100万の費用が立つ。

減価償却とは何をしているか 過去に出た現金 500万 を、それが役に立つ 5期 に配り直す作業
  1. 機械は5年間、売上を生むのに使われる
  2. 費用収益対応の原則により、5年分の売上に対して費用も5年に分ける必要がある
  3. 買った年に500万を全額費用にすると、その年だけ赤字、残り4年は 設備が無料で働いていることになり、どの年の利益も実態を表さない
  4. だから支出のタイミングとは無関係に、 使用する期間へ配分する。これが減価償却
  5. 結果として、減価償却費は当期の現金支出ではない。 当期の現金支出は投資CFに、それも買った年に一括で出ている

重要なのは、現金の出は消えたのではなく、CF計算書の別の区分に移っただけ ということ。営業CFで足し戻した500万は、買った年の投資CFで きっちり出ていっている。上のシミュレータで「設備を買う」と「減価償却する」を 押し比べると、片方は投資CFだけを動かし、もう片方はCFを一切動かさないのが見える。

EBITDAが好かれる理由と、危うい理由

EBITDAは、営業利益に減価償却費を足し戻した数字 (利払い・税・償却前利益)。

EBITDA(簡便な出し方) EBITDA ≒ 営業利益 + 減価償却費 + のれん償却費

好かれる理由には正当なものがある。

危ういのは、この3つの長所がそのまま短所になるから。 EBITDAは設備が減っていくという事実を無視している。 機械は5年後に動かなくなり、そのときまた現金を払って買い直す。 減価償却費は乱暴に言えば「毎年これくらい設備が減っている」という見積もりであり、 それを足し戻すのは設備が永久に無料で使えると仮定するのに近い。

だから設備の重い装置産業・通信・鉄道でEBITDAだけを見るのは危険で、 設備投資額を引いて確かめる必要がある。 企業価値を見積もるで使うフリーキャッシュフローが 営業CF − 設備投資の形をしているのは、この穴を塞ぐため。

のれん

買収したときに生じる項目。3表の噛み合いに加えて、 会計基準によって扱いが違うという別の論点が乗る。

純資産50億の会社を80億で買ったとする。差額の30億がのれん。 複式簿記の観点では、80億の現金が出ていったのに 50億分の資産しか受け取っていないと、恒等式が30億ずれる。 ずらすわけにはいかないので、 30億を資産として計上する。それがのれんの正体。

経済的には「純資産には表れないもの(ブランド、顧客基盤、人材、 買収で生まれる相乗効果)に払った金額」という説明になる。 ただし実務上は払いすぎた額もここに入る。 のれんの帳簿価額は、その買収が正しかったことを何も証明しない。

日本基準とIFRSで扱いが割れる

日本基準IFRS
期中の扱い 20年以内の期間で規則的に償却 償却しない
価値の見直し 兆候があれば減損 毎期の減損テストが必須
利益への出方 毎期少しずつ削られる 普段は影響なし。失敗が判明した期に一度に出る

同じ買収、違う見え方

のれん200億が生じる買収を行い、5年後にその事業が期待どおりでなかったと判明した。

  • 日本基準(20年償却):毎期10億ずつ営業利益を圧迫。 5年で50億を費用化済みで、残り150億を減損する
  • IFRS:5年間は利益への影響ゼロ。 判明した期に200億を一度に減損損失として計上する

5年間の合計損失は同じでも、各期の利益の形はまったく違う。 買収を繰り返して伸びている会社をIFRSと日本基準で比べるときは、 営業利益の水準がそもそも揃っていない。

なおのれんの償却も減損も、現金は1円も動かない。 現金が出たのは買収した年で、それは投資CFに出ている。 だから「巨額の最終赤字なのに営業CFは黒字」という決算が成立する。 この形をどう読むかは決算書を読むで扱う。

純資産の中身

純資産は1つの塊ではなく、出所によって区分されている。 区分の仕方は会計基準で定められている。

株主資本株主に帰属する部分。以下の4つに分かれる
資本金株主が払い込んだ額のうち、資本金とした分
資本剰余金払い込まれたが資本金にしなかった分(資本準備金など)
自己株式買い戻した自社株。マイナスとして控除する
その他の包括利益累計額まだ実現していない評価差額。 保有株式の含み損益、為替換算差額、年金の数理差異など (個別財務諸表では「評価・換算差額等」と呼ぶ)
新株予約権・非支配株主持分株主資本にも負債にも入らない部分

利益剰余金がPLとの接続点

この中で利益剰余金だけが性質が違う。 他は外から入ってきた金だが、利益剰余金は自分で稼いだ金の累計。 前に出した1本目の恒等式が刺さっているのは、まさにここ。

利益剰余金の動き 期末利益剰余金 = 期首利益剰余金 + 当期純利益 − 配当

つまり利益剰余金は過去のPLの累積で、 BSの中に唯一、時間の履歴を持っている行。 毎期の当期純利益がここに積み上がり、配当した分だけ抜けていく。 株価の正体で 「配当として受け取るか、内部留保されて株価に反映されるかの違いはあるが根は同じ」 と書いたのは、この式のことを指している。

自己株式がマイナスで載る理由

自社株買いをした株を「有価証券」として資産に載せてはいけないことになっている。 資産に載せると、自分で自分の株を買うだけで総資産が増えるという おかしなことが起きるため。

  1. 株主資本は「株主から預かった金+稼いだ金」の総額
  2. 自社株買いとは、その一部を株主に返す行為
  3. 返したのだから、株主資本はその分減っているのが実態
  4. したがって資産に足すのではなく、純資産から控除する

自社株買いで1株当たり利益(EPS)やROEが上がるのは、 純資産と発行済株式数の両方が減るから。 事業が良くなったわけではない点は 決算書を読むのROEとROICの話につながる。

なぜ利益は操作できて現金は操作しにくいか

ここまでの話をひとつにまとめる。 「純利益は意見、現金は事実」という言い方があるが、 なぜそうなるのかを構造から出しておく。

理由は単純で、現金残高には判断が入らないから。 期末の預金残高は銀行に照会すれば1つに決まる。 これに対して利益は、いくつもの見積もりの合計として出てくる。

架空の3社を5期並べたもの(単位は百万円)。 淡い棒が純利益、濃い棒が営業CF。 甲社は2つがほぼ重なる——利益に現金が伴っている。 乙社は純利益だけが伸びて営業CFがついてこない—— 伸びた分は売掛金と在庫に溜まっている。 丙社は逆で、減価償却の重い会社が 最終赤字でも営業CFは黒字になる形。 利益と現金は別々に見ないと、この差は見えない。

項目何を決めるか利益への効き方
耐用年数 設備を何年で償却するか 長くすれば当期の費用が減り、利益が増える
貸倒引当金 売掛金のうち何%が回収できないと見るか 見積もりを下げれば費用が減る
収益認識の時期 いつ「売れた」と見なすか 期末に寄せれば当期の売上が増える
棚卸資産の評価 売れ残りの価値をどこまで落とすか 落とさなければ当期の費用が減る
減損の要否 のれんや設備の価値が毀損したと認めるか 認めなければ損失が出ない
引当金全般 将来の支出をいくら今期に積むか 積む額で当期利益が動く

注目したいのは、この表の項目がどれも現金を動かさないこと。 耐用年数を10年から15年に変えても、銀行の残高は1円も変わらない。 判断が入る項目と、現金が動く項目が、きれいに分かれている。 これが「営業CFのほうが事実に近い」と言われる構造的な理由。

ただし「現金は操作できない」は言いすぎ。 タイミングは動かせる。 期末直前に支払いを翌期へ回す、取引先に前倒しの入金を頼む、 売掛金を売却して現金化する(ファクタリング)といった手段で、 期末の営業CFは押し上げられる。 操作しにくいのは残高であって期間の流れではない。 だから1期だけでなく3期を並べる。

確認

黒字なのに現金が減っている会社がある。 営業CFの内訳を見る前に、BSのどこを見れば理由の当たりがつくか。

ある会社が設備の耐用年数を10年から15年へ変更した。 この変更が、当期の純利益・営業CF・期末現金に与える影響として正しいのは?

期首純資産500億、当期純利益60億、配当20億の会社の期末純資産が 560億だった。恒等式では 500 + 60 − 20 = 540億のはず。 差額20億の説明として、あり得ないのはどれか。

この章のまとめ