企業価値を見積もる
「この会社はいくらか」を自分で出す。出てくるのは数字ではなく、幅。
株価の正体で PER = 1/(r−g) を導いた。 あれは「毎年 E を永久に生み、g で成長する」という、 現実には存在しない会社の式だった。 この章では、その仮定を1つずつ外して実際の決算数字から価値を組み立てる。
先に結論を書いておく。 企業価値の見積もりは、点では出ない。 まともに計算すると、同じ会社で「1,800円〜4,200円」のような幅が出る。 幅が出ることは失敗ではなく、正しく計算した証拠である。 点で答えを出す評価は、どこかで仮定を隠している。
価値は点ではなく幅で出る。幅が出ることは失敗ではなく、正しく計算した証拠である。 DCFの出力は「1株3,240円」ではなく、感度表そのもの
価値の源泉はキャッシュであって利益ではない
評価の対象は会社が自由に使える現金であって、会計上の利益ではない。 理由は財務3表の構造で見たとおりで、 利益は見積もりの塊だからだ。減価償却の期間、引当金の水準、 売上の計上時点。どれも判断が入る。
現金は判断が入りにくい。だから評価はキャッシュフローを使う。 使うのはフリー・キャッシュフロー(FCF)。
意味は単純で、「事業を回して稼いだ現金から、事業を維持・拡大するのに要る現金を引いた残り」。 この残りが、債権者と株主に配れる分になる。
正確な定義と、この近似で何を捨てているか
教科書的な定義はこう書かれる。
EBIT × (1−t)はNOPAT。 支払利息を引く前の利益に税をかけたもの。 借入の有無で価値が変わらないように、利息を先に引かない- 減価償却費は現金が出ていかないので足し戻す
- 設備投資は損益計算書に出ないが現金は出ていくので引く
- 売掛金や在庫が増えると、売上が立っていても現金は入っていない。 運転資本の増加分を引く(CCC の話がここに効く)
本文の 営業CF − 設備投資 はこれの近似で、
キャッシュフロー計算書の営業CFがすでに
「減価償却の足し戻し」と「運転資本の増減」を含んでいることを利用している。
ただし2つずれる。 営業CFは支払利息を引いた後の数字であること(日本基準では営業CFに含める会社が多い)と、 設備投資に「維持のための投資」と「成長のための投資」が混ざっていること。 前者は借入の多い会社でFCFを過小に見せる。 後者は、成長投資を止めればFCFが跳ね上がるという歪みを生む。
個人が四半期ごとに全社を評価するなら近似で十分だが、 借入が重い会社を評価するときは営業CFに利息が入っているかを確認する。
FCFは年によって激しく振れる。 大型の設備投資を打った年はマイナスになることすらある。 1年分のFCFで割り算をしてはいけない。 最低でも3〜5年を均し、その会社にとって 「普通の年」の水準を決めてから使う。
DCF法を最後まで組む
DCF(Discounted Cash Flow)は、 将来のFCFを全部割り引いて足すだけの手法である。 式そのものは 株価の正体 と同じ。
組み立ての手順は4つ。
- 1. 予測期間のFCFを置く 5〜10年。この期間は成長率を年ごとに変えてよい。 10年より先を個別に予測しても精度は上がらない
- 2. 割引率(WACC)を決める 債権者と株主が要求する利回りの加重平均。次節で導く
- 3. 予測期間の先をターミナルバリューで畳む 永久成長法かマルチプル法。ここが全体の7〜8割を占める。 最も慎重にすべき場所であり、最も雑に扱われる場所でもある
- 4. EVから株主価値に落とす EVは債権者と株主の取り分の合計。 純有利子負債を引くと株主のものが残る
理論株価 = 株主価値 / 発行済株式数
上の4手順を1枚にしたもの。左の2つの入口 (予測期間のFCFとターミナルバリュー)が それぞれ割引を通ってEVに合流し、そこから純有利子負債を引き、 株式数で割ると理論株価になる。 緑の太い経路がTV側で、EVの大半はこちらから来る —— 次節で扱うのはこの1本の重さについて。
WACCを導く
会社は債権者の金と株主の金の両方で動いている。 両者は要求する利回りが違うので、その加重平均を割引率に使う。
- 株主資本の時価を E、有利子負債を D、合計を V = E+D とする
- 株主が要求する利回りを Re、債権者が要求する利回りを Rd とする
- 単純な加重平均は
(E/V)·Re + (D/V)·Rd - ただし支払利息は損金になる。税率 t のとき、
利息100円を払うと税金が
100t減る。実質負担は100(1−t) - だから負債側だけ
(1−t)を掛ける
Re を CAPM で置く
Rd は社債の利回りや借入金利から見当がつく。 問題は Re(株主の要求利回り)で、これは観測できない。 標準的な置き方が CAPM。
- rf(リスクフリーレート) 10年国債利回りを使うのが慣行。財務省が日次で公表している。 評価対象の期間に近い年限を選ぶ
- rm − rf(マーケットリスクプレミアム) 株式全体が国債を上回る分。 歴史的推定で日本株はおおむね5〜6%とされることが多いが、 推定期間の取り方で3%〜8%まで動く。ここが最大の不確実性
- β(ベータ) 市場全体が1%動いたときこの株が何%動くか。 リスクの正体で扱った回帰係数。 過去60か月の月次リターンで推定するのが一般的
CAPMは実証的にはあまり支持されていない。 βの高い株が本当に高いリターンを出したかを検証すると、関係は弱い。 それでも実務で使われるのは、他に合意された代替がないからである。 WACCの計算に CAPM を使うとき、 「理論的に正しい割引率を得た」と思ってはいけない。 幅のある推定値を1つの手続きで決めただけである。 だから後で必ず感度分析をする。
WACCを実際に計算する(架空のA社)
時価総額800億円、有利子負債200億円、実効税率30%。 10年国債0.9%、リスクプレミアム5.5%、β=1.1、借入金利1.8%。
Re = 0.009 + 1.1 × 0.055 = 0.0695→ 6.95%E/V = 800/1000 = 0.8、D/V = 0.2WACC = 0.8×0.0695 + 0.2×0.018×0.7 = 0.0556 + 0.0025- = 5.81%
負債の寄与が小さいのは、負債比率が2割で金利も低いから。 日本の低金利下では、WACCはほぼ Re で決まる。 つまりリスクプレミアムとβの推定精度が、そのまま評価の精度になる。
ターミナルバリュー——ここが全部を決める
予測期間を10年としても、会社は11年目以降も存在する。 その先すべてを1つの数字に畳んだものがターミナルバリュー(TV)。 手法は2つある。
手法1:永久成長法(ゴードンモデル)
株価の正体で導いた E/(r−g) と同じ形。
ここでの g は永久成長率で、
その会社が未来永劫続ける成長率を指す。
永久成長率は名目GDP成長率を超えてはならない。 超えると、その会社は十分な時間の後に経済全体より大きくなる。 日本なら 0〜1%、世界展開している会社でも 2% 程度が上限。 3%を置いた時点で、その評価は算数として破綻している。
手法2:マルチプル法(出口倍率法)
「10年後にこの会社を売るとしたら、EBITDAの何倍で売れるか」を置く。 同業他社の現在の倍率を使うことが多い。
どちらも欠陥がある。だから両方で計算して、答えが近いかを見る。 大きく食い違ったら、その原因を特定するまで結論を出さない。 これが実務での使い方で、「どちらが正しいか」を決める問題ではない。
TVが価値の7〜8割を占めるという問題
ここが DCF の最も重要な弱点なので、数字で見る。
TVの比率を計算する
FCF初年度100億円、年5%成長、10年予測、WACC 6%、永久成長率1%とする。
- 10年分のFCFの現在価値の合計は 約950億円
- 10年目のFCFは
100×1.05¹⁰ = 162.9億円。 TVは162.9×1.01/(0.06−0.01) =約3,290億円 - TVの現在価値は
3,290/1.06¹⁰ =約1,837億円 - EV合計は
950 + 1,837 = 約2,787億円 - TVの比率は 1,837/2,787 = 65.9%
予測期間を5年に縮めると、この比率は8割を超える。 つまりDCFで積み上げた10年分の緻密な予測は、 価値の3分の1しか説明していない。 残りは「永久成長率をいくつに置いたか」という1つの仮定が決めている。
この構造を知らずに DCF を使うと、 予測期間の売上予測を精緻にすることに時間を使ってしまう。 効果はほとんどない。 時間を使うべきは、永久成長率とWACCが妥当な範囲にあるかの確認と、 その範囲を動かしたときに結論が変わるかの確認である。
だから感度分析をする
DCFの出力を「1株3,240円」と書くのは誤りである。 正しい出力は表になる。
理由は算数で説明できる。TVの式 FCF/(WACC−g) は、
分母が2つの推定値の差になっている。
WACC 6%・g 1% なら分母は 5%。
ここで WACC が 5.5% に、g が 1.5% に動くと分母は 4%。
入力が0.5ポイントずつずれただけで、分母が2割縮み、TVが25%増える。
分母が小さいほど(=WACCが低く g が高いほど)、 この感度は大きくなる。成長株の評価がぶれるのはこの構造による。
動かして確かめる
下は完全なDCF計算機。数字を動かすと理論株価が出る。 その下に成長率 × WACC の感度表を出す。 見てほしいのは中央のセルではなく、表の左上と右下の差である。
DCF計算機
各年のFCFの現在価値。年を追うごとに割引が効いて小さくなる。 右端に飛び出しているのがターミナルバリューの現在価値。 この1本が積み上げ全体を上回っていることが多い。
同じ数字を「どちらが何割か」の形にしたもの。 予測期間を何年に伸ばしても、TVの取り分はなかなか減らない。 スライダーの「予測期間」を動かすと、この比率が動く。 本文の例(初年度FCF100億円・年5%成長・10年・WACC6%・永久成長率1%)では TVが 65.9% を占めていた。
市場価格と並べる
理論株価は1点では使えない。次の感度表で出す 幅の中に市場価格が入っているかどうかで見る。
比べる市場価格
黒い針が今ついている株価、緑の針が上の設定から出した理論株価。 帯は感度表の最小〜最大で、この幅の中に市場価格があるうちは 割安とも割高とも言えない。 幅の外に出て初めて判断材料になる。 帯の左右はいずれも「もっともらしい仮定」の中で作った値なので、 幅が広いこと自体が答えの一部。
感度表——これが本当の答え
縦=永久成長率、横=WACC。中央が今の設定。 この表全体が答えである。 入力を「もっともらしい範囲」で動かしただけで、 左下と右上が2倍以上開くことが珍しくない。
感度表の25マスを、5行それぞれの幅として横に伸ばしたもの。 1本が永久成長率1つ分で、WACCを振ったときにどこまで広がるかを示す。 濃い区間が中央の設定を含む側。 点ではなく帯であることが、この図の全部 —— どの行を選ぶかで結論が変わるなら、DCFは答えを出していない。
感度表を見た人が最初に感じるのは「これでは使えない」だろう。 だが逆で、これがDCFの正しい使い方である。 「理論株価3,240円だから今の2,800円は割安」という結論は、 幅を隠すことで得られた見せかけの精度にすぎない。
使える結論はこちらの形になる。 「もっともらしい仮定の幅では 1,900〜4,600円。 今の2,800円はその中に入っているので、割安とも割高とも言えない」。 あるいは 「幅の下限が今の株価より高い。仮定を相当悪くしても今の値段を正当化できる」。 後者なら判断材料になる。
類似会社比較法(マルチプル法)
DCFは「絶対評価」で、その会社単体の理屈から価値を出す。 もう一方の柱が相対評価で、 「似た会社がいくらで取引されているか」から価値を出す。
相対評価は DCF より雑に見えるが、 市場が今どう考えているかを直接反映するという強みがある。 DCF が「自分の仮定の帰結」を出すのに対し、 マルチプルは「他人の合意」を出す。
EV/EBITDA が資本構成を吸収する仕組み
まず EV(企業価値)の定義から。
- 会社の事業が生む現金は、まず債権者に、残りが株主に行く
- だから事業そのものの価値は、 債権者の取り分と株主の取り分の合計になる
- 株主の取り分の市場価格は時価総額
- 債権者の取り分は有利子負債。 ただし会社が現金を持っていれば、その分は返済に充てられる
- よって
EV = 時価総額 + 有利子負債 − 現金及び現金同等物
純有利子負債 = 有利子負債 − 現金及び現金同等物
ここが効いてくる。PER の分子である株価は資本構成に依存する。 同じ事業を持つ2社でも、借金が多い方は 支払利息で純利益が小さくなり、PER が高く見える。
同じ事業、違う借金
X社とY社は同じ事業を持ち、EBITDA はどちらも100億円。 違いは借金だけ。
| X社(無借金) | Y社(借金400億) | |
|---|---|---|
| EBITDA | 100 | 100 |
| 減価償却 | 30 | 30 |
| 営業利益 | 70 | 70 |
| 支払利息 | 0 | 8 |
| 税引前利益 | 70 | 62 |
| 純利益(税30%) | 49 | 43.4 |
| 時価総額 | 800 | 400 |
| PER | 16.3 | 9.2 |
| EV | 800 | 800 |
| EV/EBITDA | 8.0 | 8.0 |
PER は 16.3 と 9.2 で大きく違う。EV/EBITDA はどちらも 8.0。 PER だけ見れば「Y社が割安」に見えるが、事業の値段は全く同じである。 違いは借金の有無だけで、Y社の株主は同じ事業をレバレッジ付きで持っているにすぎない。
- EBITDAは支払利息を引く前の利益なので、資本構成に依存しない
- EVは債権者と株主の取り分の合計なので、資本構成に依存しない
- 分子・分母のどちらも資本構成に中立なので、比率も中立になる
- さらにEBITDAは減価償却も引く前なので、 減価償却の方針(定額か定率か、耐用年数を何年に置くか)の違いも吸収する
EBITDA の「減価償却を無視する」性質は、長所であると同時に重大な欠陥でもある。 設備投資が重い会社では、減価償却は「実際に消えていく価値」であって、 無視してよい会計上の数字ではない。 EBITDAを「営業CFの代用」として使うと、 設備投資が重い会社を組織的に過大評価する。
4つの倍率の使い分け
| 指標 | 式 | 使える場面 | 壊れる場面 |
|---|---|---|---|
| PER | 株価 / EPS | 安定して黒字。同業種内の比較 | 赤字だと計算不能。資本構成で歪む。特別損益で暴れる |
| PBR | 株価 / BPS | 銀行・保険など資産が価値の中心の業種 | 資産が簿価と乖離する業種(不動産・IT)では意味が薄い |
| PSR | 時価総額 / 売上高 | 赤字の成長企業。売上しか比べるものがないとき | 利益率を全く見ない。低利益率の会社を高く評価してしまう |
| EV/EBITDA | EV / EBITDA | 資本構成が違う会社の比較。M&Aの相場観 | 設備投資の重さが違う会社の比較。減価償却を無視する |
相対評価の構造的な限界がここにある。 マルチプル法は「市場全体が正しい」という前提の上でしか働かない。 バブルの最中に相対評価をすれば、 「同業種平均より安い」という理由でバブル銘柄を買うことになる。 1999年のIT株も2006年の不動産株も、 同業種比較では最後まで割安に見えていた。
だから相対評価と絶対評価(DCF)は両方やる。 片方だけでは、それぞれの盲点をそのまま結論にしてしまう。
価値創造の源泉:ROIC と WACC のスプレッド
ここまでは「価値をいくらと見積もるか」の話だった。 次はそもそも会社はどうやって価値を生むのかという話。 これが分かると、DCF の成長率を置くときの根拠が持てる。
ROIC は「事業に突っ込んだ金が、税引後でどれだけの利益を生んでいるか」。 WACC は「その金を調達するのに払っているコスト」。 この2つを並べると、価値の増減が決まる。
- 会社が100億円を投じ、ROIC 10% なら年10億円のNOPATを生む
- その100億円の調達コスト(WACC)が 6% なら、年6億円が資金提供者の要求
- 差の 4億円が新たに生まれた価値。 これを経済的付加価値(EVA)と呼ぶ
- 逆に ROIC が 4% で WACC が 6% なら、毎年2億円ずつ価値が減る
- ROIC < WACC の会社は、成長すればするほど価値を破壊する
4行目の帰結は直感に反するので、はっきり書く。 ROIC が WACC を下回っている会社にとって、成長は悪材料である。 売上を伸ばすには投下資本を増やす必要があり、 増やすほど毎年の価値破壊額が大きくなる。
この会社が取るべき行動は「成長投資」ではなく、 事業の縮小か、資本の株主への返還(配当・自社株買い)である。 株価の正体で見た PBR 1倍割れは、 まさにこの状態を市場が織り込んでいる。
残余利益モデル
同じ考え方を株主資本の側で書いたのが残余利益モデル。 DCF より使いやすい場面がある。
- 出発点は今の株主資本(BPS)。すでに手元にある確実な数字
- そこに、要求利回りを超えて稼いだ分だけを足していく
- ROE = Re なら残余利益はゼロ。株主価値 = BPS、つまり PBR 1倍
- ROE > Re なら PBR は 1 を超える
- ROE < Re なら PBR は 1 を割る
DCFに対する利点
DCF は価値の大部分がターミナルバリュー(=最も不確かな部分)から来る。 残余利益モデルは価値の大部分がBPS(=すでに確定した数字)から来る。
BPS 1,000円、ROE 10%、Re 7% の会社なら、 BPS 1,000円に「毎年30円ずつの超過利益」の現在価値が乗る形になる。 不確実な部分が価値に占める割合が小さい。
ただし万能ではない。会計上の株主資本が実態から離れている場合 (のれんが大きい、含み損益が乗っている)、出発点が信用できなくなる。 金融機関の評価でよく使われるのは、資産が時価に近いからである。
逆DCF——実務で最も使える手法
ここまでの手法には共通の問題がある。 自分の予想を入力すると、自分の予想が出力される。 強気なら高い理論株価が出るし、弱気なら低い株価が出る。 それを見て「割安だ」と判断するのは、 確証バイアスを数式で装飾しただけになりかねない。
逆DCF はこれを裏返す。 今の株価を正しいものとして、そこから逆算して市場の想定を取り出す。
- 1. 今の株価から企業価値を出す 時価総額 + 純有利子負債 = EV
- 2. WACCと永久成長率を置く ここは自分で置くしかない。ただし範囲は狭い
- 3. その EV を成立させる予測期間の成長率を求める 数値的に解く。エクセルのゴールシークでよい
- 4. 出てきた成長率が実現可能かを判断する ここが本番。判断するのは「株価」ではなく「事業の話」になる
逆DCFが効く例
ある会社の株価から逆算したら、 「今後10年、年率28%でFCFが伸び続ける」が織り込まれていた。
ここで問うべきは「28%は高すぎるか」ではない。次のような具体的な問いになる。
- 10年で FCF が
1.28¹⁰ = 11.8倍。市場規模はそれを許すか - それだけ伸びるなら競合が来る。参入障壁は何か
- 過去5年の実績成長率は何%だったか。加速する理由があるか
- 必要な設備投資・人員を賄えるか
答えられるなら買ってよい。答えられないなら、 自分は株価を評価できていない。 逆DCFの価値は、議論を「割安か割高か」という水掛け論から、 「この成長は起きるか」という検証可能な問いに移すところにある。
逆DCFのもう1つの効用は、自分の間違いを後から検証できることである。 「年28%成長を織り込んでいたので買わなかった」と記録しておけば、 3年後に実際の成長率と突き合わせられる。 「なんとなく割高に見えたので見送った」という記録からは、何も学べない。
逆DCFを動かす
今の株価は何を織り込んでいるか
実際に評価するときの手順
- 1. 先に事業を理解する 何で稼いでいるか、その稼ぎが続く理由は何かを言葉で説明できるまで、 数字に入らない。説明できない会社は評価できない
- 2. 過去5年のFCFを並べる 振れ幅と傾向を見る。1年だけ見て判断しない。 マイナスの年があれば、その理由を特定する
- 3. ROICとWACCを比べる ROIC < WACC なら、成長シナリオそのものが価値を減らす。 評価の前提が変わる
- 4. マルチプルで相場観を掴む 同業他社のEV/EBITDAとPERを5社ほど並べる。 対象会社が高い・安い理由に仮説を立てる
- 5. DCFを組み、感度表を作る 点は出さない。表を作る。表の最小値が今の株価より高いか、 最大値が今の株価より低いかを見る
- 6. 逆DCFで市場の想定を取り出す ここで得た「市場の織り込み」と、 自分の見立ての差が投資機会になる。差がないなら見送る
- 7. 判断の根拠を書き残す どの仮定に賭けているかを1文で書く。 後でその仮定が崩れたら売る(売り時を決める)
最後に、この章全体に対する正直な但し書き。
ここで学んだ手法を使っても、価値を当てられるようにはならない。 プロの証券アナリストが同じ手法を使っても、目標株価の的中率は高くない。 入力(成長率・WACC・永久成長率)が本質的に不確実だからで、 手法の問題ではない。
では何のために学ぶか。自分の判断が何に賭けているかを特定するためである。 「この株を買う」という判断は、必ず何らかの想定に賭けている。 評価はその想定を可視化する道具であって、答えを出す機械ではない。 想定が明示されていれば、間違えたときに何を間違えたかが分かる。 それが手法の実用的な価値のほぼすべてである。
確認
DCFで10年予測を組んだところ、企業価値のうちターミナルバリューが75%を占めた。 これは何を意味するか。
TVが7〜8割を占めるのはDCFの正常な姿で、誤りではない。 予測期間を短くすればTVの比率はさらに上がる。
帰結は実務的で、労力の配分を変えるべきということ。
11年目以降の売上予測を細かく積み上げても価値は動かない。
動かすのは WACC − g という分母1つ。
だから感度表を作ることが、予測を精緻化することより優先される。
同じ事業を持つ2社。X社は無借金でPER16倍、Y社は借金が重くPER9倍。 EV/EBITDAはどちらも8倍だった。Y社は割安か。
EV/EBITDA が同じ = 事業そのものの値段が同じ。 PERの差は資本構成から出ている。 Y社の株主は、同じ事業に対して借入で倍率をかけた持ち方をしている。
だから「割安」でも「割高」でもなく、性質が違う。 事業がうまくいけばY社の株主リターンは大きく、 うまくいかなければ損失も大きい。 いくら賭けるかで見たとおり、 レバレッジは期待値を上げるのではなく分散を上げる。 同じ額を投じるなら、Y社のほうが実質的に大きく賭けていることになる。
ある会社の ROIC は 4%、WACC は 7%。 経営陣が「売上を倍にする成長投資」を発表した。株価にとってどう評価すべきか。
EVA = (ROIC − WACC) × 投下資本 = (0.04 − 0.07) × 投下資本。
括弧の中がマイナスなので、投下資本を増やすほどEVAのマイナスが大きくなる。
この会社が価値を増やす方法は3つで、 ROICを上げる(値上げ・コスト削減・低採算事業の撤退)、 WACCを下げる(資本構成の見直し)、 投下資本を減らす(資産売却・株主還元)。 「成長」はこの3つのどれでもない。
ただし但し書きがある。新規投資のROICが既存事業のROICと同じとは限らない。 新規事業のROICが10%なら話は変わる。 判断すべきは「会社全体のROIC」ではなく 「この投資案件のROIC」で、 それを説明しない成長投資の発表は、悪材料として扱うのが妥当である。
この章のまとめ
- 評価の対象は利益ではなくFCF(=営業CF − 設備投資)。3〜5年を均して使う
- 割引率は WACC = (E/V)Re + (D/V)Rd(1−t)。 Re は CAPM で置くが、CAPM 自体は実証的に弱い
- DCFの価値の7〜8割はターミナルバリュー。
結論を決めるのは
WACC − gという分母1つ - だからDCFの出力は点ではなく感度表。幅が出るのは正しく計算した証拠
- EV = 時価総額 + 純有利子負債。 EV/EBITDA は資本構成と減価償却方針の違いを吸収するが、 設備投資の重い会社を過大評価する
- マルチプル法は「市場全体が正しい」前提でしか働かない。DCFと併用する
- ROIC < WACC の会社にとって成長は悪材料。 価値を作るのは規模ではなくスプレッド
- 残余利益モデルは BPS から出発するので、不確実な部分の比率が小さい
- 実務で最も使えるのは逆DCF。 「割安か」ではなく「この成長は起きるか」という検証可能な問いに変換できる
- 評価は答えを出す機械ではなく、自分が何に賭けているかを特定する道具