制度とコスト

リターンは不確実。コストと税は確実。だから先に確実なほうを潰す。

投資の議論はリターンの話に集中しがちだが、 リターンは予想でしかなく、コストは事実。 年1%のコスト差は、どんな相場でも確実に年1%効く。 この非対称は、思っているより大きい。

投資で自分が選べるのは、ほぼコストと税だけ。 リターンは市場が決める。だから確実なほうを先に潰す

本章の数値について。 税率・非課税枠・拠出限度額は制度改正で変わる。 本ページの記載はすべて2026年9月2日時点で 一次情報源に当たって確認したもので、各節の末尾に出典と基準日を付した。 実際に手続きをする前には、必ず最新の一次情報を確認すること。 とくに iDeCo は2026年12月に大きな改正の施行が控えている(後述)。

NISA

NISA は、専用の口座で買った金融商品の 売却益と配当・分配金が非課税になる制度。 2024年1月から新しい制度に移行した。

枠の構造

つみたて投資枠成長投資枠
年間投資枠120万円240万円
併用可能。合計で年間360万円
非課税保有限度額
(生涯枠)
1,800万円
うち成長投資枠で使えるのは1,200万円まで(内数)
非課税保有期間無期限
口座開設期間恒久化(期限なし)
対象年齢日本国内に住む18歳以上
口座数1人1口座のみ

生涯枠1,800万円のうち成長投資枠は1,200万円まで、という制約に注意。 つみたて投資枠だけで1,800万円を使い切ることはできるが、 成長投資枠だけで1,800万円は埋められない。 少なくとも600万円はつみたて投資枠で埋める必要がある。

枠の復活——ここが新制度の核心

旧制度と最も違うのがここ。 売却すると、その分の枠が翌年以降に復活して再利用できる。

ただし復活の仕方に重要な条件が2つある。

簿価残高方式を数字で追う

2024年に成長投資枠で240万円分を購入した。 生涯枠の使用額は240万円(残り1,560万円)。

2026年、その商品が360万円に値上がりして全部売却した。 翌2027年に復活するのは、取得金額の240万円分。 値上がり益120万円は非課税で受け取れるが、枠は戻らない。

つまり生涯枠は「投資できる元本の総額」を管理しているのであって、 資産額を管理しているのではない。 枠を1,800万円使い切ったあと資産が3,000万円になっても、それは全く問題ない。

成長投資枠から除外される商品

成長投資枠は上場株式や投資信託が幅広く対象になるが、 金融庁は次を除外している。

除外の理屈は、制度の目的(長期・安定的な資産形成)から逆算されている。 信託期間が短いものは長期保有できず、 毎月分配型は元本の払い戻しを含みうるため 複利が働きにくい。 「除外されている=悪い商品」ではなく 「この制度の目的に合わない」という意味だと理解しておく。

iDeCo

iDeCo(個人型確定拠出年金)は私的年金。 NISAと違い、原則60歳まで引き出せない。 その代わり、税の優遇が3段階でかかる。

よくある誤解 iDeCo は受取時も非課税
実際 受取時は課税対象。退職所得控除・公的年金等控除で軽減されるだけで、勤続年数や他の退職金の有無によっては課税される

拠出限度額(2026年9月時点=改正前)

区分月額の限度
第1号被保険者(自営業等)6.8万円
国民年金基金・付加保険料との合算枠
第2号・企業年金なし2.3万円
第2号・企業型DC加入2.0万円
第2号・DB等加入1.2万円
第2号・公務員2.0万円
第3号被保険者2.3万円

2026年12月に大幅な改正が施行される。 厚生労働省の公表資料によると、 2026年12月(2027年1月引き落とし分)から拠出限度額が引き上げられる。

  • 第2号被保険者:企業年金の有無による差を廃止し、 企業年金と合算して月額6.2万円に一本化
  • 公務員:月額2.0万円 → 5.4万円(6.2万円から共済掛金相当額8,000円を控除)
  • 第1号被保険者:6.8万円 → 7.5万円

本ページ執筆時点(2026年9月2日)ではまだ施行前。 上の表は現行の値。制度移行の時期に読んでいる場合は、 iDeCo公式サイトで最新を確認すること。

受取時の課税——「10年ルール」に注意

iDeCo を一時金で受け取ると退職所得扱いになり、退職所得控除が使える。

退職所得控除額 勤続20年以下: 40万円 × 年数(最低80万円)
勤続20年超: 800万円 + 70万円 × (年数 − 20)

控除後の金額に1/2を掛けたものが課税対象になる。優遇は大きい。

問題は、会社の退職金と iDeCo の一時金を両方受け取る場合。 同じ控除を二重に使えないよう、勤続期間の重複を排除する規定がある。

この規定は令和7年度税制改正で変更され、 令和8年(2026年)1月1日以後の受取から適用されている。

iDeCo の一時金を先に受け取り、後から退職金を受け取る場合、 従来は前年以前4年内の受取が重複排除の対象だった (通称「5年ルール」)。 これが前年以前9年内に変更された(通称「10年ルール」)。

条文上の表現は「5年→10年」ではなく 「前年以前4年内」→「前年以前9年内」。 実質的には「10年空ける必要がある」という意味になる。

方向に注意:改正の対象は 「iDeCo一時金が先、退職金が後」のケース。 逆順(退職金が先、iDeCo一時金が後)は 従来から19年の期間が見られており、今回の改正の対象外。

受給開始年齢

原則60歳から。ただし通算加入者等期間が10年以上必要で、 足りない場合は繰り下がる。

通算加入者等期間受給開始可能年齢
10年以上60歳
8年以上10年未満61歳
6年以上8年未満62歳
4年以上6年未満63歳
2年以上4年未満64歳
1月以上2年未満65歳

受取は75歳になるまでの間で選べる。

手数料の構造

iDeCo の手数料は3か所に払う。 どこが動かせてどこが動かせないかを知っておくと、金融機関選びが決まる。

課税口座の税金

NISA以外の口座(課税口座)で得た利益には税がかかる。 よく見る20.315%は、3つの税の合計。

所得税 15%
住民税 5%
所得税 15% 復興特別所得税 0.315% 住民税 5%

20.315% の内訳と、手元に残る 79.685%。 上の帯は税の中の比率、下の帯は利益全体に対する比率。 同じ税率でも、どちらの分母で見るかで印象が変わる。

復興特別所得税の0.315%は、独立した税率ではなく 所得税額の2.1%として計算される。

20.315%の内訳 15% + (15% × 2.1%) + 5% = 15% + 0.315% + 5% = 20.315%

源泉徴収の場面では、所得税分をまとめて15.315%と表記し、 これとは別に住民税5%がかかる、という書き方をすることが多い。

損益通算と繰越控除

損失が出たときの扱いは、覚えておくと確実に効く。

損失が3年かけて使われていく道筋(金額は説明用の架空の例)。 横に伸びる矢印はすべて確定申告が条件で、 1年でも申告を空けると、その先の点線は消える。 NISA口座の損失はこの図に入れない——税務上「なかったこと」になるため。

繰越控除で最も多い失敗が申告の継続を忘れること。 繰り越している期間は、 その年に株式の取引が一切なくても、毎年申告を続ける必要がある。 1年でも空けると、それ以降の繰越しが使えなくなる。

NISA口座の損失は損益通算できない。 非課税ということは、利益に課税されない代わりに 損失も税務上「なかったこと」になる。 課税口座の利益と相殺することも、繰り越すこともできない。 NISAは利益が出て初めて意味がある制度だと理解しておく。

配当課税の3つの選び方

上場株式の配当は、3つの課税方式から選べる。

方式できることできないこと
確定申告不要 源泉徴収(20.315%)で完結。手間がない 損益通算・配当控除が使えない
申告分離課税 譲渡損失との損益通算ができる 配当控除が使えない
総合課税 配当控除が使える。所得が低ければ実効税率が下がる 損益通算ができない。所得が高いと累進で不利

総合課税を選んだときの配当控除の率は、 課税総所得金額と商品の種類で変わる。

所得税の配当控除課税総所得1,000万円以下超(超過部分)
剰余金の配当(株式)10%5%
証券投資信託の収益の分配5%2.5%
うち外貨建等証券投資信託2.5%1.25%

投資信託の分配金も配当控除の対象になるが、 率は株式配当の半分。外貨建てのものはさらに半分になる。 住民税側にも配当控除があり、 課税総所得金額1,000万円以下の場合は2.8%。

2023年以前の情報が大量に残っているので注意。

かつては所得税は総合課税、住民税は申告不要という具合に、 所得税と住民税で異なる課税方式を選べた。 国民健康保険料などを抑える手法として広く紹介されていた。

この選択は令和4年度税制改正で廃止され、 令和6年(2024年)1月1日から所得税と住民税の課税方式は一致することになった。 現在この手法は使えない。 解説記事の日付を必ず確認すること。

口座の種類

口座年間取引報告書確定申告
特定口座
(源泉徴収あり)
証券会社が作成・交付 申告するかしないか選べる
特定口座
(源泉徴収なし)
証券会社が作成・交付 必要(報告書で簡便に申告できる)
一般口座 なし 必要(自分で損益を計算する)

「源泉徴収あり」でも申告したほうが有利な場合がある。 複数の証券会社をまたぐ損益通算と、繰越控除の適用・継続がそれにあたる。

ただし申告すると副作用がある。 申告した譲渡益・配当は合計所得金額に算入されるので、 次のものに影響しうる。

  • 国民健康保険料・後期高齢者医療保険料
  • 配偶者控除・扶養控除の判定
  • 各種の所得制限がある給付

しかも上で見た通り、 「住民税だけ申告不要にして回避する」手段は2024年以降存在しない。 源泉徴収ありの口座で申告するかどうかは、 税の還付額と保険料等の増加をセットで比べて決める必要がある。 還付だけを見て判断すると、損をすることがある。

出典:国税庁タックスアンサー No.1476(特定口座制度)、 No.1474(上場株式等に係る譲渡損失の損益通算及び繰越控除)、 No.1330(配当金を受け取ったとき)、 No.1250(配当所得があるとき) (いずれも令和7年4月1日現在の法令等)、 国税庁「復興特別所得税の概要」、 総務省「個人住民税における金融所得課税について」。 2026年9月2日確認。

なお課税総所得金額1,000万円超の場合の住民税配当控除率、 および投資信託に係る住民税の配当控除率については、 一次情報源で確認できなかったため本ページには記載していない。

手数料の全体像

税と並ぶ確実なコストが手数料。 見えるものと見えないものがあるので、両方を並べる。

見えるコスト

見えないコスト

明細に出てこないが、確実に負担している。 市場の構造で見た流動性の話が、そのままコストになる。

コストの内訳を、水準の違う3つの持ち方で並べたもの(年率・架空の想定値)。 濃い棒が明細に出る見えるコスト、 淡い棒が明細に出ない見えないコスト。 売買手数料を無料にしても、淡いほうは残る。

よくある誤解 売買手数料が無料になったので、取引コストはゼロになった
実際 スプレッドとマーケットインパクトは残る。頻繁に売買すれば、無料化されても着実にコストを払い続ける

なぜコストだけが確実なのか

ここが本章の中心。コストとリターンは、確実性が根本的に違う。

リターンコスト
事前に分かるか分からない(予想でしかない)分かる(契約で決まっている)
ばらつき大きい(年±20%以上)ほぼゼロ
市場が悪いときマイナスになる同じだけかかる
自分で選べるか選べない選べる

最後の行が実務的な結論。 投資で自分がコントロールできるのは、ほぼコストと税だけ。 リターンは市場が決める。だから確実なほうを先に潰す。

複利で効く仕組み

コスト差が長期でどう効くか、式で出す。

  1. 年率リターンを R、年率コストを c とすると、 実質の増加率は R − c
  2. n 年後の資産は W = (1 + R − c)ⁿ
  3. コストがない場合との比は ((1+R−c)/(1+R))ⁿ
  4. R と c が小さいとき、 この比はおよそ (1 − c/(1+R))ⁿ ≈ e^(−cn/(1+R))
  5. つまり失う割合は、コスト率 × 年数に対して指数的に効く
コストで失う割合の目安 失う割合 ≈ 1 − e−c·n/(1+R)

重要なのはc と n が掛け算で入ること。 年1%は1年なら1%だが、30年なら30%分が指数の中に入る。

1%の差が30年で何を生むか

年率リターン5%、元本100万円、30年。

コスト0.1% → 実質4.9% → 約420万円
コスト1.1% → 実質3.9% → 約315万円

差は約105万円。元本と同じくらいの額が、 年1%の差だけで消えている。 しかもこの差は相場が良かろうと悪かろうと発生する。

動かして確かめる

コストと税を通した最終資産

60万円
5.0%
0.20%
25年
投資元本の累計 —
NISA(非課税・税引後) —
課税口座(税引後) —
非課税による差 —

年率コストを0%から2%まで動かしたときの最終資産(NISA=非課税の前提)。 直線ではなく、右へ行くほど落ち方が緩やかになる曲線—— 指数の効果が働いている。

上の折れ線の着地点だけを棒にしたもの。 スライダーを動かすと引き直す。 いちばん下の棒が、非課税であることの取り分。

年数を横軸にした、NISA(濃い線)と課税口座(薄い線)の残高。 差は年数とともに開く。運用益が大きいほど非課税の価値が上がるため。

この試算の前提を明示しておく。

  • リターンは毎年一定としている。 実際にはばらつき、ボラティリティ・ドラッグで 中央値は下がる
  • 課税口座は最後に一度だけ売却して20.315%課税とした。 途中で売買すればその都度課税され、差はもっと開く
  • 配当・分配金への課税は含めていない
  • NISAの年間投資枠(360万円)・生涯枠(1,800万円)の 上限を考慮していない。 長期・高額の設定では、実際には枠を超える

方向と桁を掴むための道具であって、 将来の資産額を予測するものではない。

確認

NISAの成長投資枠で240万円分を買った。値上がりして360万円になったので全部売却した。 翌年、成長投資枠はいくら復活するか。

A社の投信は信託報酬0.1%、B社は1.1%。どちらも同じ指数に連動する。 「差は年1%だから、大した違いではない」という判断の問題点は?

特定口座(源泉徴収あり)を使っている会社員。今年は利益が出ており、 源泉徴収で納税は完了している。別の証券会社で損失も出た。 確定申告して損益通算すべきか、判断に必要な視点は?

この章のまとめ